永六輔師匠と その九

今日8月3日は朝から明治大学の中野キャンパスに於いて午前中授業を受け持った。平成二四年度文部科学省選定「大学間連帯共同教育推進事業」国際協力人材養成プログラムという、ものすごい響きの!?プログラムの第一回講義ということで Education and Global Issues という講座のなかで教育と演劇の関係についての授業。実際に学生さん達に実体験を通じて学んでいただいた。「大学間連帯共同教育推進事業」という名の通り、この講座の参加者は立教大学と明治大学の学生がともに受講していた。いつも教えている早稲田とはまた違った雰囲気のなか、三時間を英語による教育演劇の授業を行った。もともと教育と演劇、教育と遊びをくっつけて考え始めたのはやはり永さんとの旅がきっかけだった。(詳しくはその二をご参照ください)。英語の授業だったのだが、どうも僕は早口になってしまう傾向があり、学生さん達に少々難儀だったかもしれない。でもみな一生懸命に参加してくださり、とても充実した、楽しい時間を過ごせた。

帰りに書店により、今日ぴあから発売された『笑点 五十年史1966‐2016』という本を購入。演芸コーナーの常連としてマイムを代表してカンジヤママイムが写真入りで二か所にわたり掲載されていた。もともとこの笑点や演芸場にご縁を頂いたのも永師匠のお陰だ。そして、以前永さんとの思い出のその三でもお話ししたように永さんは娘さんのTV出演はもちろん、私たちカンジヤママイムの出演番組でさえ、ちゃんとご覧になってくださり、そして短い、でも優しいハガキやメッセージを下さるのでした。演芸とパントマイム。このリンクは永さんによってつながれたといっても過言ではありません。(下の写真は、カンジヤママイムテレビ出演の旅に下さった永さんからのメッセージの一つです。)

2016-08-03 09:17 | つれづれなるままに | コメント

永六輔師匠と その八


前回に引き続き, 永さんとの全国の旅の一場面を、永さんご自身がその著書でご紹介頂いた一節です。以下、永六輔著『あの町この人その言葉』137ページより

「カンジヤマ・マイムと山形で」
パントマイムのデュオ。作品のなかに「奥の細道」がある。この日、大阪で芭蕉真筆の発見。せっかく山形にいるのだからと、山形編をリクエスト。「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」「五月雨をあつめて早し最上川」などなど名句をパントマイムで。
「パントマイムのパンはパン・パシフィックのパン、ピーター・パンのパンです。すべてという意味もありますから・・・」
この二人、寄席にも、子供たち相手にも品があって好評。
「奥の細道」山形編は山形でも絶賛。司会者として鼻が高かった。
そして、「奥の細道」を「黙の細道」と紹介。(引用終わり)

この時、たしかカンジヤマ・マイムはちょうど山形を旅公演していた時で、永さんがそれを聞きつけ、私たちをお誘いくださったのだ。未熟な芸ではあるが、それを永さんが司会で面白可笑しく紹介してくださるとお客様もいつも以上に興味をもって見てくださるのが凄いと思う。自分はこの話芸が習得したくて仕方なかった。いつもこの永さんの話芸には感服だった。山形での俳句マイム。思い出深いものがある。

実はカンジヤマ・マイムが旅人として初めて、よみうり、日本テレビの「遠くへ行きたい」に出演した第一回目もこの山形の旅だった。一番最初にべに花染め農家を取材したときに、農家のおばあさんたちの山形弁がさっぱりわからなかったのを思い出す。取材し、質問したのに、その返ってきた答えがまったく理解できないでいた。するとディレクターが、「そのままきいてうなづいて!」というので、そうさせていただいたのだが、後でちゃんとテロップが付いていたのに納得(笑)いろいろと学ばせて頂いた。山寺でせみの俳句をマイムで詠み、そして最上川にて五月雨を~をマイムで詠んだ。なんという幸せ!!

2016-08-02 12:17 | つれづれなるままに | コメント

永六輔師匠と その七

永さんは本当によく本を書かれていらした。旅先で起こったこと、感じたことなどなどを小まめにご自分の分厚い手帳に書き綴り、それらを様々な新聞や週刊誌の連載に載せ、そして最終的にそれが一冊の本となる。私たちカンジヤマ・マイムも旅先でご一緒させていただいた事を何度も載せて頂いた。すると必ずご丁寧に本を送ってくださり、その本に一言書いてくださるのが常だった。まずはここでは最初に載せて頂いた本とその内容をご紹介する。今でもこの文はカンジヤマ・マイムのウェブにおいても永さんにご許可をいただいて推薦文としてその一部を使わせていただいている。以下、永六輔著、『逢えてよかった!:僕のメディア交遊録』(朝日新聞社)からの抜粋です。これは当時朝日新聞に連載されていらした『僕のメディア交遊録』というコラムから本になったものです。

「カンジヤマA・カンジヤマBさん [笑い]もとれるマイム

あらゆる筋肉を一瞬にして緊張させ、次の一瞬にはそれを弛緩させてしまう。
または、特定の筋肉だけを自分の意志通りに動かす。
こうしてパントマイムはその肉体表現を作品にするのである。
と簡単に書くことは出来るが、肉体表現だけで観客を笑わせたり、感動させたりするとなると、これは困難な事だ。

自己満足の作品が多くなるパントマイムの世界で、寄席の高座でも好評なのが「カンジヤマ・マイム」のコンビである。つまり、色物として芸人志向のマイムをつくっているのだ。
例えばマルセル・マルソーを芸人とは言わない。芸術家というが、芸人と芸術家は芸の差ではなく、意識の差である。

カンジヤマは、漫才、マジック、曲芸の世界に飛び込んで、芸人としての修行で、マイムを寄席の世界に定着させてきた。
一方で基本的なマイムを寄席の芸人に教えるようにもなり、相互に刺激を与えているのがよくわかる。
このカンジヤマのマイムのベースがヨガ。「このところ、困っています。ヨガというだけで、オウム真理教だと思われてしまうんです。真面目にヨガを学んでいる人たちにとって、こんな迷惑なことはありません。 正しくヨガを理解してくださればいいのですが、ヨガにしてもパントマイムにしても、この国ではまだなかなか・・・。
でも、なかなかだからこそ楽しいですね。寄席がマイムを受け入れてくださっただけでも画期的でした」

僕はこの二人が、寄席以前のステージで公演したパントマイム「奥の細道」に感動した。そこでは見事な芸術家だった。

2016-07-31 10:24 | つれづれなるままに | コメント