沖縄を思う日!

今日6月23日は沖縄戦が終わった日。正確に言うと、沖縄守備軍である第三十二軍の牛島司令官と長参謀長が自決し、沖縄における組織的軍体制が消滅した日です。実際はこの後もまだまだ悲惨な殺戮が続きます。4月1日に米軍が沖縄に上陸してから今日6月23日まで梅雨の雨降る中、海上からの米軍の集中砲火、そして空からの機銃照射を浴びながら逃げ惑った沖縄の人々。そしてお国の為という大義名分の中、命を落とした多くの兵士たち。だが結局国体というのは国民一人一人の命ではなく、天皇陛下を一日でも長く守るためのものだった。糸満市摩文仁の平和祈念公園へ行ったときのあの押しつぶされるような胸の痛みは今も忘れない。これを僕らは後の代に確実に伝えていかねばならない。 あれから75年が過ぎ、今もなお沖縄は本土の一部の政治家のエゴによってさまざまな苦しみを強いられている。残念ながら今年はコロナの影響で毎年見ている「ひめゆり」という映画の上映が無い事がわかった。残念でならない。毎年、ひめゆりの女性たちの口からこぼれ出る悲しい、そして悲惨な経験に僕と息子は戦争の罪深さを再確認させて頂いている。来年は是非!!

2020-06-23 03:34 | つれづれなるままに | コメント

コロナ休暇の徒然なるままに 映画最終回

最終日第7日目は、これです。 Shakespeare in Love 「恋に落ちたシェイクスピア」です。 人生最悪の時に見た映画です。当時、結婚生活破綻の為、自分の舞台の仕事が完全に行き詰まり、四面楚歌、今後どうしたらよいかまるきり分からず、鬱状態が続いていた時期でした。なぜか無意識のうちに体がセロトニン欲しさか、甘いものを要求し続け、体重は増え続け、夜は寝付けない。時には死ぬことさえも頭をよぎった時代でした。自分の人生まさに五里霧中、、、そんな時、この映画に出会い、改めて自分は舞台が心から好きだという事を再確認させてくれた映画でした。 若いシェイクスピアが恋に落ちる、そしてその情熱により名戯曲が生まれる、、、単純な筋書き、、、その単純な筋書きに複雑に入り乱れるジェンダーのトリックと交錯する沙翁劇の名台詞の数々!!また、登場人物も当時の本物が巧みに織り込まれており、心を擽られる。シェイクスピアのライバル劇作家として登場するクリストファー・マーロウ、名喜劇役者のウィル・ケンプ、ローズ座のプロデューサーのヘンズローや、多くの劇場を所有し、また自らも名優として名を馳せたバーベッジも皆、実在の人物だ。極みはエリザベス女王の登場!!この女王がすべてを解決するという流れに! ジェンダーのトリックとは、男装した女性、ヴィオラが男性として女性役を演じるという遊びだ。16世紀当時のイギリスの舞台は女人禁制で、代わりに変声期前の少年が女装して舞台に立っていた。(因みに英国で女優が認められるのは、1660年、王政復古でパリに亡命していたチャールス2世が英国へ呼び戻された時からである。)ところが若きシェイクスピアが恋焦がれるヴィオラに対する熱い思いを綴り上げ、台詞に昇華し創作した「ロメオとジュリエット」の上演の当日、ジュリエット役の少年が突然変声期に見舞われ、声が出なくなるのだ。そして急遽、当のヴィオラがジュリエット役に!!その男装した女性演じる女性役に本物の恋心を抱きながら自らのロメオの台詞をヴィオラ本人に舞台上で投げかけるという、、、何とも言えない、どこからどこまでが演技で、どこからが現実なのかの境界線のブレを大いに遊ぶ、いわば演劇の醍醐味を巧妙に遊んでいるのだ。 この映画を何の期待もなく観た後、僕は生き返っていた。マイムの仕事を一時休止し、改めて演劇を学び直しに渡米しようと決断!!その翌日からランニングとヨーガを再開し、鬱から見事抜け出して、40歳過ぎにして大学院演劇科の博士課程に!まさに演劇の魅力が僕を動かした瞬間だったのです。

2020-06-08 02:38 | つれづれなるままに | コメント

コロナ休暇の徒然なるままに 映画6

元NHKエグゼクティブアナウンサーの村上信夫さんよりバトンを頂きましたこのシリーズの第6日目は、これです。 The Graduate 「卒業」、、、僕の初の洋画体験でした。小学校高学年の時、不二家のチョコレートのテレビCMでこの映画のシーンと共にサイモンとガーファンクルのサウンドオブサイレンスが流れていた。CMでダスティン・ホフマン扮するベンが恋人エレンの結婚式に侵入し、まさに指輪が交わされる瞬間、二階のガラス窓越しに「エレーン!!エレーン!!」とガラスを叩きながら悲痛な声を上げる、、、、婚約者の指輪を今まさに受け取ろうとしていたエレンは、暫くこのベンを見つめるが、やがて「ベーン!!」とその声に応じ、ベンとその場を手に手を取り、結婚式場を強行突破する。この瞬間、サウンドオブサイレンスが流れ始めるのだ!!この曲の美しさに魅了されると共に、無性にこの映画が観に行きたくなった。実際に友人と観に行ったのは日比谷だったと記憶している。当時の僕はアメリカ文化にメチャメチャ憧れていた。僕の最初の洋画体験だった。 映画は確か、主人公のベン(ダスティン・ホフマン)が東海岸の有名大学を卒業し、カルフォルニアの実家へ戻ってくるシーンから始まる。到着した空港で彼のカバンがベルトに乗せられて手荷物受取所に至る描写から始まったと記憶している。ここで既に名曲、サウンドオブサイレンスが流れる。僕はこの時点で既に大興奮! 陸上選手や新聞部部長などとして大活躍後、大学を卒業したベンがその後の進路に悩んでいる。帰宅後行われた卒業パーティーで出会った父親の職業上パートナーであるロビンソン氏の妻のミセス・ロビンソンに誘惑され、ズルズルと逢引きを続け、時間が過ぎてゆく。進路を決めようとしない息子を心配し、両親は彼にある大学生の女性を紹介する。それが実はミセス・ロビンソンの娘、エレンであった、、、、そして彼はその娘に恋に落ちる、、、 60年~70年代にありがちだった「恋愛にその青春の、或いは、生きる意義を見出す~」的なパターンは今では陳腐かもしれないが、若い僕はこの映画にその後の人生をかなり左右された気がする。まず第一に、この映画の最初のシーンのインパクトから、その直後のベンの卒業パーティーで何度となく繰り返された「東海岸の大学」という言葉。この言葉が強烈に僕の脳裏に刻まれた。なぜか分からないが, とにかくカッコよかったのだ東海岸の大学という響きが(笑)そして僕はやがてアメリカ東部の大学に進路を定める事となる。 第二に、この映画の曲を担当するポール・サイモンとそのパートナー、アート・ガーファンクル。彼らの歌がもっと知りたくなり、僕はその後、初めて自分で当時のLPを買った。“All about Simon &Garfunkel” という2枚組の、当時では結構な値段したLPだった。名曲「スカボロフェア―」も何千回と聴ききながら、映画のシーンを回想した。ベンがエレンに恋心を抱き、彼女の通うキャンパスに、赤いアルファ・ロメオ・スパイダーベローチェのオープンカーでオークランドベイ・ブリッジを渡るシーンだ。あまりにも美しかった。このアルバムを始めとして僕は全てのS&Gのアルバムを入手し、歌詞を事細かに調べて発音をコピーして歌った。初めてニューヨークへ留学した時、彼らの出身地、クイーンズの街を地元の学友にドライブしてもらった時の興奮を今もはっきり覚えている。そしてそれから何十年後、40歳をとうに超えて博士論文を書いていた2003年10月25日、シカゴのユナイテッドセンターにてOld friendsという彼らの復活コンサートがあるという情報を入手。毎晩博士論文で煮詰まっていた自分を少しリラックスさせるべく、チケットを買い、ウィスコンシン州マディソンから一人、車を走らせた!!無茶苦茶懐かしくてコンサート中涙がボロボロこぼれてきた。隣の中年アメリカ人女性に僕が持っていた双眼鏡を使いますか?とオファーしたら「いや、私は彼らの声だけ聴いていたい。現実は見たくない」って笑 そうだろう、ポールは相当禿げていた!!それから彼女とも随分S&Gの話題で盛り上がった。 そして第三に、この主役のダスティン・ホフマン!そしてミセス・ロビンソン演じる、アン・バンクロフト!!ダスティン・ホフマンは間違っても二枚目ではない、そして背も低い。それでも彼の演技がものすごく好きになった。アン・バンクロフトの、夫婦の倦怠期の表現も凄かった。(勿論、そのころ、倦怠期などという言葉は知らなかったが、とにかく結婚生活が嫌なんだな~と思わせてくれた)いったいこの人達、どこでこういう事勉強したのだろうと思っていた。ずっとそれが気になっていた。そしてそれを知ることになるのも、やはりニューヨークへ行った後。アクターズスタジオというニューヨーク市にある演技学校だった。最も今では僕は、このスタジオで教えるメソッドと称される演技術をスタニスラフスキーを曲解した亜流として授業で教えているのだが、、、、 若いころの衝撃って本当に凄いと思う。その若者の方向性をかなり決定づけてしまう。最もあれだけ若かったころだからこそこの映画のインパクトが凄かったのだと、今では思う。因みに僕が後にマルセル・マルソーを初めて映画でみたのは、このアン・バンクロフトの旦那であるメル・ブルックスによる「サイレント・ムービー」なる映画だった。

2020-06-05 02:34 | つれづれなるままに | コメント