永六輔師匠と その四


17日日曜日は早朝より、よみうり日本テレビ系列で「遠くへ行きたい」の特別編があった。もともとこの番組は永さんのご自身の作詞である、「遠くへ行きたい」という曲がテーマの旅番組の先駆けとなった長寿番組だ。カンジヤママイムも僭越ながら90年代の半ばより2001年まで、なんと計10回もこの番組に旅人として出演させて頂いている。ワクワクしながら、永さん出演の第一回放送から、その時代時代の永さんの旅へのこだわりが綴られている一コマ一コマに注目した。大笑いしながらまた涙がでてきた。

ちょうどこの前日16日は松戸においてNHK「おかあさんといっしょ」の公開収録があり、そのパント!のコーナーの指導もかねて松戸を訪れたので、この番組は92歳の母親と実家で一緒にみることができた。自分がマイムで悶々としていた時にいかに永さんがカンジヤママイムをサポートしてくださったかを身近に知っていてくれる存在の一人が母親だったので嬉しかった、そしてだからこそ、なおさら二人で永さんの話題に花が咲いた。

旅番組の中でもご自分の主張をたっぷりと取り込みながら、ユニークな視点でユーモアに満ちた演出を心がける師匠に心から感服した。と同時に、この番組に何度も出演できたことに心から感謝した。そして所々の永さんの奇抜な演出を見ているうちに、自分たちの次回出演の予告に永さんが出演してくださった時の事が頭によみがえってきたので、今回はそれも是非ここに紹介しておこう。

その回は秋田編だった。役者の山谷初男さんのご実家のある角館で山谷さんが「はっぽん館」という小さな劇場を開いた。そこで永さんとその仲間たち(内海好江師匠、斎藤京子さんら沢山の芸人さん達)でそこへ駆けつけてお祝いに寄席をやろうということになった。それを聞きつけた「遠くへ」のディレクターがカンジヤママイムを使ってくださり、その寄席仲間としての出演と同時に、それをレポートする旅人として角館の桜や、その近くの発祥である「どんぱん節」の由来を取材することになったのだ。

一通りの取材を終え、はっぽん館にて寄席をすべく皆さんと合流し、その撮影の合間に番組の予告編を収録することになった。ご存知かもしれませんが、この「遠くへ行きたい」の最後に必ず「さて、次回の遠くへ行きたいは・・・を旅します。お楽しみに!!」という短い予告編が流れます。これを毎回旅先で収録するのです。

早朝角館駅前で収録となり、なんと永さんが、われらカンジヤママイムの予告編に顔を出してくださることとなった!!手順はこうだった。私が、「さて、次回の遠くへ行きたいは、秋田は角館を巡る旅です。さてどんな旅になるのか・・・」といって地面からマイムで綱を拾い上げ、それを引っ張ると永さんがその綱に引っ張られて登場するという段取りだった。そして、いざ本番!!カメラが回り、私が、セリフをいい、綱を引っ張ると永さんがそれに引っ張られて出ていらしたのだ。だが、次の瞬間、永さんが何かに大きくつまずき、ドーンと私の前に倒れてしまったのだ!!私は慌てふためいて、「あっ、永さん!大丈夫でしょうか?お怪我ないですか?」と動顚して永さんに手を差し伸べて屈みこんだ。

そして次の瞬間、「あ、やられた!!」と思った。永さんはニコニコしながら起き上がり、カメラのスタッフに「どう?面白い絵撮れた?」と聞かれたのだった。笑 真面目に必死にやるしか余裕のないカンジヤママイムの予告にこうして突然の意外性を与えて面白くしてくださったのだった。やられた!!!と思うと同時に、さすが師匠!!と感服した。このようにしてカンジヤママイムは肌で永さんの様々な演出に触れ、そして沢山の事を学ばせていただいた。こうして書いている途中でも目に涙があふれてきてしまう。本当に凄い人とご一緒できたカンジヤマは幸せ者だった。そしてこのものすごい才能と努力の師匠のそのエンターテイメントへの情熱をほんの僅かでも引き継いで行けたらと思う。

2016-07-18 04:30 | つれづれなるままに | コメント

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