前半戦終了間近!!

先日の戸塚区民文化センターでの「おしゃべりなパントマイム」は午前、午後とも満員御礼の大盛況に終わりました!!夏休みの親子連れで開場は埋め尽くされて、本当に気持ちよく舞台をやらせて頂きました。親子で同じ体験を共有し、それを家でもう一度話し合う。こんな体験多くの家族ができると素敵ですよね。 さてさて、今年度前半のスケジュールは大詰めにさしかかり、本日、大学は最後の期末試験、そして明日中に採点を終え、29日からは渡米いたします。まずはウィスコンシン。大学の恩師や旧友にあい、様々な情報交換をし、そしてミルウォーキーにて開催されるAATE(アメリカ教育演劇協会)の学会に出席、その他てんこ盛りのアメリカツアーが始まります。皆さんよい夏を!!

2015-07-27 07:54 | つれづれなるままに | コメント(2)

沖縄、うりずんの雨を観た!

ずっと見たかった映画。終わらせねばならない事務仕事を徹底的に2日間缶詰状態でひと段落させ、夕べようやく見る事ができました。本当に見ていて辛かったです。沖縄戦から、本土復帰、そして沖縄の悲惨な現状などの4つのセクションに分かれた2時間半のドキュメンタリー。 観ていてつくづく感じた事。それは本土の人間の想像力が乏しすぎると言う事。特に政治家、そして勿論自分も含めて。都合のいい時だけ沖縄は日本だ!と言いながらあとはほったらかしで何もかも押し付け状態は続く。これはやはり太田元知事の最後の方の発言:「捨石状態はまだまだそのまま続いている」という言葉に集約されているような気がします。沖縄戦から現在に至るまで、日本国の為という大義名分のもとにどれだけ沖縄の人々が傷つき、そして絶望的な事態に遭遇しているか。是非とも多くの人に見てほしい映画です。今の日本人には想像力が必要です。他人の痛みを自分の痛みとして感じられる社会になってほしい。世界でGDPを誇るより、この想像力を誇れる国になってほしい。 太田昌秀さんが鉄血勤皇隊にて体験した事は本当に重かった。健児の塔前で話されていた事は僕の胸に突き刺さりました。本土の為に彼らは一生懸命に自らの命をささげて、(とくに鉄血勤皇隊は)木箱に詰められた爆弾を背負って戦車に身一つで突進していったそうです。思想教育云々の問題はありますが、その前に彼らの献身的な一途の魂に合掌したいと思いました。ひめゆりにしてもそうです。彼らの死を無駄にせずに、僕らは互いに思いやることのできる日本を作らないとならないと改めて感じました。「彼らがいたからこそ日本はこんな素晴らしい国になったんだよ!!」っていつか伝えられるようになりたい。 今年、小禄の海軍司令部跡を訪れましたが、あそこで大田實・海軍少将が最後に海軍次官に宛てた電文「沖縄県民斯く戦えり」を僕らは今一度読み返し、そして沖縄県民に心から敬意と感謝を今後の態度であらわさなくてはならないと思います。(注:太田海軍司令官は、自害直前に、沖縄の一般県民がどれほど日本の為に自分を犠牲にし、尽くしたかを伝え、そして今後沖縄県民に特別のご高配を!と最後の瞬間に海軍次官に電報でお願いをしました) 最後に、この映画作ってくださったジャン・ユンカーマン氏に心からお礼を述べさせていただきます。ウィスコンシンで教育を受けた自分としては同郷出身で、同じ大学院で学んだ彼を心から誇りに思います。On Wisconsin!! https://www.facebook.com/okinawa.urizun?fref=ts

2015-07-24 09:10 | つれづれなるままに | コメント(4)

驚いた!!

最近旅先にて沖縄関係の本をかなり読みこんでいる内に驚愕の事実に触れた。江戸時代末期に浦賀に訪れたペリーが、実は浦賀に来る前に琉球を訪れ、上陸し、奥地まで探索、測量し、その水源や水質を調査していたというのだ、さらに驚くことはその時の調査資料が太平洋戦争末期に米軍が沖縄上陸の際の参考資料として使われていたと言う事!!米軍が上陸地に嘉手納を選んだのは今まで推測されてきた様々な理由(海岸の上陸のしやすさ、飛行場の存在)の他にも、その水源と水質もあるというのだ。軍隊を置き、軍艦や飛行機、多くの兵士達の為には大量の良質な水が必要なのだ。(『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』より) つくづく西洋の調査、記録に対する習性というか執着のようなものに圧倒された。またそれを使用し、分析、応用する力にもだ。思えば第二次大戦中に敵国の言葉として英語をすべて禁止し、場当たり的な戦術しか持たなかった日本(大本営)と比べて、敵国の日本を徹底的に分析したルーズベネディクトの『菊と刀』にも、アリューシャン列島で捕獲されたゼロ戦を徹底的に分解、分析したその力量にも完全に日本は負けていた。(もちろん相手国の暗号文の徹底的な解析も含めてだ)。 勿論その分析力がいつも功をなすとは限らない、しかし、少なくとも第二次大戦においては情報量とその分析力の前に日本は既に開戦以前から劣っていたのだ。ひるがえって今現在を考えるとき、現在の日本の大学の教育にしても、双方のアカデミアを長年経験した自分としては本当にものすごい差を感じる。論文のリサーチ方法、書き方、その正確な引用方法などの詳細にわたる大学レベルでの教育には日米には今現在もかなりの差があるような気がする。今文科省が文系を無駄なものとして割愛しようとしているが、未だにこの調査方法、分析に対する評価が低いのに悲しみを覚えるのは自分だけだろうか。調査、分析な理系だけのものではない、いやかえって文系のような数値だけでは表せないものにこそ、こういったリサーチのメソドロジーは開発、応用されなくてはならないものなのではないかと思う。情報にしても、芸術にしても形のないものにその価値をなかなか認めようとしないのは現在もこの国の悲劇だと思う。 さてさて、一連の石川県かの高等学校公演が大成功に終わり、明日から青森です。まるでトラックの運転手のような毎日です。青森は藤崎町の皆さん、待っててくださいね。(写真は喜屋武岬にて)

2015-07-15 12:03 | つれづれなるままに | コメント