動いて書いて笑わせて考えて・・・

街を歩いていて黄色に輝く並木がきれいな季節になった。うつろう季節の束の間のこの美しさを堪能したい。昨日は大ファンの古今亭志ん輔師匠と都内の舞台でご一緒させて頂いた。相変わらず師匠の噺には泣かされてしまう。出番が先で本当に良かった(もちろん後であるという事など無いのだが・・・もし万が一師匠の後の出番だったらマイムの目頭が真っ赤になっていてお客さんとしては異様でしょうね・笑) 聞けば聞くほど師匠の話芸、そして古典落語の奥深さに圧倒される。楽屋ではお互いに身体のあちこちの痛みや故障を話し合っていまして、「ああ、こんなことが日常の話題になる年代か」とつくづく思った(苦笑) 
やっと一本論文が終わったと思いきや、今度はアメリカ教育演劇協会よりの依頼でまたまた論文を提出しなければならなくなった。もっともこれは自分の過去の論文をまとめるものではあるのだが。協会では来年5月に今までの毎年の優秀論文受賞者の論文をまとめて一冊の特集にして出版する予定らしい。そこで昨年の私の受賞論文をなんとか30ページにまとめて提出しなくてはならないのだが、これまた今年中の話(ちなみに論文は250ページ)!!まだ先日の山積みの中間試験の採点も終わっていないし、抱えている他の原稿もある, いやその上大小の舞台の予定が続いている。「どうやって?」とは今自分の息子のマイブームの表現なのだが、じつに「どうやって?」なのlだ。
そんな忙しい中なのだが、今電車の中でのひと時を読書(といってもなかなか混雑の中で思うように進まないのだが)にふけっている。William P. Youngの昨年のニューヨークタイムズのベストセラーになったThe Shackという小説だ。友人に強く勧められたまま本棚にしまってあったものを最近取り出して読み始めたら止まらなくなった。その友人いわく、我らが師匠故トニーモンタナロ氏が生前話していたことが濃縮してあると・・・ 奥深くて文字を一つ一つかみしめながら楽しんでいる。キリスト教の神との対話が中心となっているのだが、実に巧みに構成されていて目が離せなくなる。ある日突然愛する我が子を無残に殺された男が、やがて一通のメモを受け取り、その惨殺の場所を訪れ、やがて神との対話が始まる・・・許しとは、本当の愛とは・・・ああ、先が知りたい・・・・でも…論文どうしよう?「どうやって?」(爆) ちなみに上記の本は現在日本語訳が出ているそうですので、もし日本語で読みたい方は「神の小屋」(サンマーク出版)をどうぞ読んでみてください。

2009-11-26 10:04 | つれづれなるままに | コメント(2)

モーツアルト!

今日は朝から久しぶりにモーツアルト三昧だった。パソコンに向かって論文最終校正しながらゆったりとモーツアルトのクラリネット協奏曲K.622を聞いていた。すると驚く事に、この曲をバックに昔暗唱していた英詩が無意識に口をついてでてきたのだ!!(別に自慢しているわけじゃないです!はい)高校生の時やたらと英語の暗唱をやっていた頃ある教材でこの曲を背景にエリザベス・バレット・ブラウニングやウィリアム・ワーズワースなどの英詩をやたらと暗唱したのだが、それらが自分でもびっくりするほど口をついて出てくるのだ!!(特に昨今年齢のせいか単純な固有名詞さえが見事なくらいど忘れ状態に陥り、「ほら、あれ、あれだよ!!」って叫んでいる自分にとっては驚異なのです苦笑)
自分は高校の時、特にこのエリザベス・バレット・ブラウニングの”How Do I Love Thee?”という詩が大好きだったのです。伝え聞くところによると病弱だったエリザベスは当時の英国の大詩人ロバート・ブラウニングと詩を通じて知り合い、大恋愛に陥り、何百通という情熱的なラブレターを交わした後、終いには父親の大反対を押し切ってイタリアへ駆け落。以後イタリアのフィレンツェで55年の生涯の幕を閉じるまで本当に幸せに暮らしたそうです。こんな物語に熱く熱くなれた当時でした(汗)この物語を聞いた後この詩を聞くと本当に恋って素晴らしいなとつくづく思いました。久しぶりに初心に帰って暗唱しましょう。(もちろんモーツアルトのBGMで)
How do I love thee? Let me count the ways.
I love thee to the depth and breadth and height
My soul can reach, when feeling out of sight
For the ends of Being and ideal Grace.
I love thee to the level of everyday’s
Most quiet need, by sun and candlelight.
I love thee freely, as men might strive for Right;
I love thee purely, as they turn from Praise.
I love thee with the passion put to use
In my old griefs, and with my childhood’s faith.
I love thee with a love I seemed to lose
With my lost saints,–I love thee with the breath,
Smiles, tears, of all my life!–and, if God choose,
I shall but love thee better after death.
  どんなに貴方を愛しているか私に言わせて。
  私のあなたへの愛はわが魂の行きつくところまで、底知れず深く、広く,高く
  生存の目的や最高にすばらしいものを探し求めるときのように.
  あなたを愛している.太陽やろうそくの光のような,
  日常でいちばん静かな,かけがいのないものと同じように.
  あなたを愛している.正義を求めて闘う人々のように自由に.
  あなたを愛している.称賛に感心のない人々のようにただ純粋に.
  あなたを愛している.私が昔,ふさいだ時にそれを乗り越えた情熱や,
  子供のときに持っていた信仰で.
  あなたを愛している.失われた私の聖人たちと共に消えてしまったかに思えた
  愛で. あなたを愛している.私の人生すべての
  呼吸,笑顔,そして涙で!そして,もし神様が許すのなら,
  私は召された後も,よりあなたを愛しつづけます.
いいな~!!若者たちよ!こんな恋してみなさいな~~~(おじさんの戯言かい?笑)

2009-11-22 01:32 | ひとりごと | コメント(4)

八ヶ岳の初雪

八ヶ岳のレストランで仕事の合間に友人にお祝いのご馳走になった。「レストラン洋風厨房のんき」というこの店は小淵沢からしばらく林を走り抜け、視界が開け、遠くに南アルプスを見渡す素敵な場所にあった(といってもあいにくの天候でその山々は店からは見られなかったのだが…道すがらその山々を覆う雲海を楽しんだ) 八ヶ岳は早朝初の降雪があったという。昼からは雨に変わっていた。出てくる料理がことごとく美味しかった。というか何故か料理に余裕が感じられたのだ。もちろん環境的な効果もあるのだろうが、しかし、それ以上にひとつひとつのメニューに込められた心の余裕があったような味がした。
これは普段都内の一流レストラン(といってもそんな年中食べているわけではないが・・)で感じることなのだが、次々に押し掛ける客にひっきりなしの注文で果たして毎日ひとつ一つの料理に心をどれだけ込める事が出来るのだろうかという問題だ。通常手が込んでいても心がこもっているというバイブレーションを感じる事がない。これは舞台にも通じるような気がした。あまりにも過密なスケジュールで果たしてどれだけ良い舞台ができるのか。今年はインフルエンザで今月だけでも7ステージがキャンセルや延期になったのだが、考えてみると結果的に超過密スケジュールにある程度の余裕ができたことによって舞台の質も保つことができているのかもしれない。身体の疲れをとりながら舞台ができている。料理も舞台も同じく人間が心を込められるのには限度があるのではないか。
昼食が済んでから八ヶ岳倶楽部へ。フルーツティーを飲みながら、「はたしてアン・ルイスはまだ生きているか?」などというトンチンカンな話に盛り上がり(実際はまだご存命です、はい)久しぶりに心身ともにリラックスできた一日だった。(写真はウィスコンシン大のスウェットでおそろいの大きい人間と小さい人間。)

2009-11-18 11:32 | つれづれなるままに | コメント