大阪ツアー

昨日から三日間の予定で大阪での英語とマイムのショーに来ている。運よく前日の雨はやみ、一応ツアー中は晴れるようだ。昨日は枚方市に車で乗って、そして夜公演というかなりハードなスケジュールだったので、公演後、夜はちょっと自分を甘やかせて美味しい串かつを食べてしまった(笑)うううう、この年齢でこの時間揚げ物はマイムの天敵でしょ!!(苦笑)いや、しかし、いけないと思うものの実に美味しい事!!
今回はマイムの楽しさを応用した英語のショーのツアーだ。体をたくさんつかって、そして大人と子どもたちが一緒になって笑いながら英語の勘を学んでほしいという願いで作ったショーだ。終演後小学校の先生が話しかけてきてくれた。もうすぐ無責任文科省によって小学校に英語が導入される。一番とまどっているのは当事者であられる先生がただ。環境がまだぜんぜん準備できていない。そんななかでの見切り発車!!先日自ら文科省が失敗をみとめたばかりの「ゆとり教育」の二の前は目に見えている。たとえば自分の息子がそんな準備のできていない小学校に通うようになったらどうするだろうか?どうにかして英語を取らないでよいように努力するだろう。なぜなら幼少の時期だからこそ本物の英語に(これは決して発音うんぬんの狭義な意味ではなく)触れないとならないと信じているからだ。言葉は文化、この文化を理解していないと、たとえば小学校で子どもたちが「先生!!、先生!!」と呼ぼうとして「ティーチャ!!ティーチャ!!」と叫ぶようになってしまう(これは実際に起こっている事らしい) 
かといって今政府がやっているJETプログラムで来日している外人教師たちは英語を「習ってしゃべれるようになった」わけではない。だから英語をまなぶ子どもたちにとり、なにが難しいのか、そしてどんな落とし穴に陥りやすいのかを理解できないのだ。(ただし、このプログラムのなかでもESL、第二外国語としての英語教授法をまなんできた人々は確かにいるし、彼らの学習者への理解度はなかなかなものがある場合もある)
であるからして、理想をいえば、今の段階では、まずは英語をやるとこんなに楽しい、こんなに素敵だ!という動機づけができる人々が絶対に必要だと思う。文化の違いを知り、そしてその上に自らも苦労して英語、あるいは第二外国語を学んだ経験のある人間が必要だと思う。ん~この話題、終わらなくなるので今日はここまで

2008-04-12 07:28 | ひとりごと | コメント

日本語クイックレッスン

昨日は横殴りの大雨の中、早朝に家をでて8時よりNHKでNIHONGO QUICK LESSONの収録があった。とにかくNHKにたどり着くまでが一苦労!!渋谷でビル風に吹かれて傘をもったまま本当に前に進めないという経験をした。まるでマイムの世界だった(汗)12時まで目いっぱい収録後、上野鈴本演芸場へ。移動のたびに荷物と服がびっしょりだった
日本語クイックレッスンはNHK, WORLDというNHK国際放送が担当し、世界の各国で4月よりすでに放送され始めている。アメリカでも見られるというので、在米の知人の皆さんにもお知らせしようと思っている。もしこのブログをごらんの方は詳しくはhttp://www3.nhk.or.jp/nhkworld/english/tv/nihongo/index.html を参照してください。毎回番組内の数分のマイムコーナーで簡単な単語を動きで紹介しています。ホストはご存知の金田一秀穂先生です。合計30回分のうち何とか18本収録済みです。ああ、あと12本・・・・たった数分のコーナーだが一本とると汗びっしょり・・・・でもスタッフと笑いながら楽しく仕事できているので本当に楽しい。
鈴本演芸場の楽屋で先日柳家小袁治師匠に久々にお会いして楽しいお話をさせていただいた。そうしたらなんとこの度、師匠のブログに私の顔写真が!!師匠、私結構恥ずかしいです(笑)とにかくこまめに更新されていらっしゃるし、大のジャイアンツファンである師匠は連敗に心を痛めてお茶を断っていらっしゃった(もういいのでは?笑)是非師匠のブログをご覧ください!!http://blog.goo.ne.jp/yanagiyakoenji/
そうそう、昨日は4月8日、花祭り、お釈迦様の誕生日だったのだ。毎年この日は仏教の本のページをめくりながら少しは人生について考える日だったのだが、そんな余裕がまったく無かった一日だ。いけないな~、心が亡くなるというのが忙しいという漢字。心ここにあらずの日々ではあっという間に死んじゃうぞ!!って自分に言い聞かせなくては・・・

2008-04-09 03:50 | ひとりごと | コメント(2)

明日への遺言

昨日鈴本演芸場出演の後、前から気にかけていた映画をようやく見ることができた。藤田まこと主演の「明日への遺言」だ。岡田資(たすく)当時東海軍司令官が、名古屋を無差別攻撃したB29の搭乗者を処刑した罪で戦後の裁判にかけられるというものだ。第二次大戦が終わり、軍の上層部が皆それぞれに責任転嫁に東奔西走するなかで、最後まで自分の心を見つめ、部下をいたわり、そしてなによりも自分の信念にもとづいた筋をとおしてゆく一人の気骨あふれる人間の物語だ。見ていて目頭があつくなった。なんて高貴な人間がいたのだろうか。こんな人が日本をリードしてくれていたら、おそらく現在のような堕落した、いやな世の中にならなかっただろうなと思った。思えばそもそも戦争直後から日本のいわゆるエリート上層部は保身を最優先していた。今もまったくその姿は変わらない。
この岡田資中将のご子息で、映画の中でも奥様と一緒に登場する岡田陽(あきら)氏は日本の演劇教育の草分け的存在であり、玉川大学芸術学部名誉教授でもあられる。自分はずいぶん以前から岡田先生の御本を何冊も読み、そしてあこがれていたのだが、どうも恐れ多くてただ本からの印象でしか存知あげなかった。しかし、帰国後、玉川大学の太宰久夫教授のお勧めで連絡を取らせていただき、快く面会を承諾していただいた。当時書いていた博士論文の調査の一環として岡田先生のお宅にお邪魔して一日中演劇教育に関する楽しいお話を伺った思い出がある。自分にはとてもやさしい、穏やかな印象があったのだが、実際に玉川出身の教え子であられた先生方に伺うと、現役時代はかなり恐い、きびしい存在だったようである。しかし、その恐い、厳しいという一見ネガティブにも聞こえる側面のもう一つの深い意味をこの映画が教えてくれたような気がした。
映画の中でも、藤田まこと扮する岡田資氏が顧問弁護士に家族を紹介するシーンで、「息子は今教師として大学で演劇をおしえ、そして教育に舞踊をとりいれようと努力しています」とのせりふがある。あの戦後の混乱の中ですでに未来を見据えて教育演劇の道を歩んでおられたのだ。同時進行しているのは、その混乱の中で自らの父親が自分の筋を通しながら自らの命を盾に部下たちの命をまもり、将来の日本の礎になれとの「未来への遺言」を彼らに託していた。つまり岡田先生の教育演劇にかける情熱は、父親の明日への遺言としてその御身全身で受け止められているのだという事実がひしひしと伝わってきたのだ。それは見ている自分の心に言い表せないくらいの重さでのしかかってきたのだ。そうだ、この父親の高貴な筋があって、そしてこのご子息の信念があるのだ。ある玉川大学の教授がおっしゃっていた、「あの一瞬のせりふのなかに日本の教育演劇のすべての原点がある」。言いえて妙だと思った。自分もあの一瞬のやりとりに素直に最敬礼してもう一度自分の初心がそのまま純粋につらぬかれているかを見つめる時間がもてたことにひたすら感謝した。将来の日本を背負う子供たちのために、今何ができるか。やがてその子供たちが育って、彼らの子供にどんなことを伝えてもらいたいのか。そのために今自分に何ができるのか。貴重な遺言だった。

2008-04-06 11:40 | ひとりごと | コメント