沖縄にて

カルマヨーガという言葉がある。実践のヨガ、実行のヨガ、そして、行為のヨガ、結果、見返りを求めないヨーガとも訳される。人間が自分の能力の限界を悟った時に本当の行為のヨーガができるという、今日は沖縄でそれを学ばせていただいた。
詳細はここではあえて書かない。なぜならばあまりにプライベートな事だから。とにかく今日も例のごとく病院をたずねて子どもたちにマイムをみせた。その後、マイムを見に来る事ができなかった子どもの病室にいってマイムを見せることにした。病室に入ると予想をこえた痛々しい子どもの情景が目に飛び込んできた。「なぜこんな可愛い子が?!”」素直な最初のこころの叫びだった。あまりに予期しなかった状況に一瞬とまどった。その子は泣いていた。ベッドにすがって泣いていた。「もしかしたら、自分にはこれは無理だ!」と思った。でも同時にその子がとっているポーズが自分の息子と重なったのだ。其の瞬間心の中でつぶやいていた「どうか誰か自分の身体を使ってください!!」と・・・・・
その後は夢中で実はあまり覚えていない。無我夢中で出来る事すべてした。気がついたらその女の子が僅かに微笑んでいた。・・・嬉しかった。確かにさっきまで泣いていた子が微笑んでいた。終わってみると疲労からかすっかり気持ち悪くなり、帰りの車で久しぶりに酔ってしまった。
今日は自分の力ではなかった。どこかの大きな力が自分を動かしてくれた。本当にそんな気がした。こうしたい、こうなって欲しい、それだけだった。あとは天に任せた。でも天が動いてくれた。感謝だ。この子が微笑むマイムができて本当に嬉しい。よかった。

2008-03-14 02:29 | ひとりごと | コメント

沖縄です。

今朝早く羽田をたって沖縄にきた。例のゆいの会の活動で、沖縄の病院の子ども達にマイムを見せるためにきた。まあ、沖縄の事はあとで報告するとして、前回のブログでついつい勘違いしていた事があった。実はメントスとコーラで芸を作り上げたアメリカの友人についてはミクシーの中での日記につけたが、このブログには乗せていなかった。それで今回は其の友人を改めて紹介したい。
アメリカにはたくさんの変人がいる!そして私の友人の中にもたくさんいるのだ。其の一人が今回紹介する、Eepybird という二人組。実は同じトニーモンタナロというマイムの師匠についた兄弟弟子なのだが、其の一人スティーブはなんと本業が弁護士。(もっともトニーの弟子の中には弁護士が三人以上いる!)ただ単に弁護士やっていれば生活もらくなくせに、マイムやクラウンが大好きでついつい人生の横道にそれちゃったのだ(爆)そんななか、例のステーブは私と妻がボストンに住んでいた二年前までよく一緒に食事したりした仲なのだが、それが突然ダイエットコークとメントスというお菓子で遊び始めた。・・・・なにやってんだと思っていたらあらあら何年後かにはパートナーとチームを組んでダイエットコークとメントスだけでちゃんとしたショーをつくって、しかもそれをユーチューブにのせてしっかりと様々な企業から広告収入までたっぷりもらって悠々自適の世界ツアーやっていた!!(メントスもコークもこれの爆発的なヒットによって売り上げが急増したそうです)まったくすごい遊び人。しかも自分が弁護士だから商売も、契約もしっかりしている!!
興味ある方はEepybird.comをご覧あれ。頭つるつるのちょっと小太りがスティーブです。遊びもここまでくると本当にすごい!!身体を酷使して日夜芸のためにヒィヒィいっている私はいったい何なんだろうって思う今日この頃です(苦笑)
ちなみに写真はそのスティブンとわが息子ケン!!ボストンを発つ前日に写しました。

2008-03-12 11:29 | ひとりごと | コメント

題名のない音楽会とブルーマングループ, そして我が息子

日曜日にたまたまつけていたテレビが「題名のない音楽会」をやっていた。しかも特集がブルーマン・グループとオーケストラのコラボによる音楽入門講座のような小粋な内容だった。楽しく、そしてリズミカルに進行する音楽解説とブルーマンのギャグのコンビネーションの構成が見事だった。本当に天晴れな内容で感心した。感心したが、それと同時に、何で日本にこのグループが来るのにこんなにも時間を要するものなのかと少々気の遠くなる思いもぬぐえなかった。
もともとこのブルーマングループは、マット・ゴールドマン、フィル・スタントン、そしてクリス・ウィンクの三人によって80年代の後半、ニューヨークの路上パフォーマンスとして始められたショーであったが、1991年1月ラ・ママ劇場でステージデビューすると、オビー賞(ヴィレッジヴォイス紙が表彰する年間の最優秀作品、あるいは俳優に送られる賞)を受賞し、同年11月には現在も公演が行われているニューヨーク大学近くのアスター・プレイス劇場に移動、その後も次々に様々な賞を受賞し、現在は三人は役員として退き、若いパフォーマーを次々に養成し、アメリカ国内だけでもニューヨーク、ラスベガス、シカゴ、ボストンなど大都市で多くの公演を行っている。(詳しくはカンジヤマが2000年に翻訳した「パントマイムのすべて」(晩成書房)の終わりに補足論文として「アメリカへのフランスマイムの導入」という文章を書いていますのでそれを参照してください)今や世界各国で長い間行われているショーだが、日本ではやっと去年の12月から六本木で始まった。実にオリジナルのステージから17年の歳月を経てである。これが何を意味しているのか、もう少しじっくり考えて見たいが、もし彼らの芸が現在のように量産体制に乗らなかったら日本に来る前にとっくに絶えてしまっていたのだろう。と、同時にいままでそのようにして見られなかった海外の素晴らしい芸がどのくらいあったのだろうか。いや日本国内においてでもある。企業の担当者の目は節穴か?それともそんなに臆病なのか?他の国がみんなでやらなきゃ怖くて呼べないのか?自分の目を信じ、自分の直感力をもち、自分の頭で考えられないのか?
まあ、とにかく、話を戻して、この番組の素敵な音楽入門は、であるからしてもともとは一介のニューヨークの路上のパフォーマーの遊び心から端を発しているのである。これが芸術の始まりなのだろう。楽しくて、面白いからやる。一歩まちがえば、ただ単なる遊びなのである。別に金儲けのためでも、名を売るためにやるのではなく、面白いからその遊びを徹底して突き詰めるのである。(この事は以前紹介した私の友人のメントス、コーラのパフォーマンスにしてもしかりである)。 そしてその遊び心をたくみに利用した音楽入門講座は抜群に楽しいエンターテイメント的要素を含んだ素晴らしい芸術教育であったと思う。こんな授業が全国で展開できたらいいなとつくづく思う。ちなみに、こんな考えを頭の中でめぐらす父親のすぐかたわらで2歳半になる息子は黙々とブルーマンのリズムに合わせておもちゃをテーブルに叩きつけながら一緒に演奏して楽しんでいた(ん~この場合テーブルが多少傷ついてもいいか・・・・汗)(写真はその瞬間をなんとか捉えたものです)

2008-03-11 01:04 | ひとりごと | コメント