責任ってなんだ?

先日夕方のテレビのニュースで元吹田市役所の職員だった方がイラクの悲惨な現状を伝えようと今必死にイラクに通ってその悲惨さを日本に訴えている姿を見た。隣国に難民として逃げ延びた家族の人々の中にたくさんの奇形や腫瘍をもった小さな子供たちがいた。ペニスが無く、尿道がつねに開いて尿が漏れている10ヶ月の男の子、首のまわりに大きな腫瘍ができている子、奇形のため、人工肛門をつけなくてはならない子、などなど。以前から噂は聞いてはいたが、やはりアメリカ軍はイラクで劣化ウラン(Depleted Uranium)弾をかなり使っていたらしい。もちろん米兵の中にも被爆して自らの子供たちが腫瘍などで苦しんでいるという。今日また「きっこのブログ」http://kikko.cocolog-nifty.com/ をみていてさらにその悲惨な現状を知らされた。と同時に、今、アメリカに盲目的に追従している日本政府を容認してしまっている国民の一人として本当に胸が痛んだ。悲しかった。
いったい誰だ?「大量破壊兵器があるから」といって戦争加担を容認したのは?そしてそれが嘘だった今、誰がそれを責任とるんだ?今も日本政府はせっせとアメリカ軍にお金をばら撒いている。そしてその金で、どんどんイラクの何の罪も無い人々が殺されている。結局殺されるのは罪のない子供たちじゃないか!!苦しんでいるのは彼らじゃないか!!もうたくさんだ!そしてその裏でものすごい儲けを上げているのがラムズフェルドなど一連の戦争関連の企業に携わっている政治家たちだ。ブッシュがテキサスの豪邸でコミック読んでいる間にも(あいつは字を読まないし、また読めないーこれは誇張ではない!)あいつの命令でどんどん子供たちが殺されている。
病院をまわっていて一人ひとりの子供たちが少しでもよくなりますようにって祈るようにして出会っているとき、僕らの税金は他国の子供たちをこんな悲惨な目に合わせるために使われている。これをだまって容認していること自体、この罪に加担している共犯者になっちゃうよ。いったいイラク戦争に加担すること決めた政府は誰がその責任とるんだ?小泉さん、あなた言ったよね「大量破壊兵器」がその正当化される理由だって?個人的な恨み一切ないけど、やはり責任とれよ。あの悲惨な子供たちをちゃんと見ろよ。
今「明日への遺言」という映画をやっているが、本当に戦争裁判についても考えさせられる。一体今のアメリカを誰が裁けるんだろう。そして今の中国も誰が裁けるんだろう?こんな人権無視した大国が今世界ですき放題なことしてまかり通っている。だとしたら国連て何なんだろう。安全保障理事ってなんだ。やくざの国のあつまりじゃん。力があるやつ裁くのはだれなんだろう。みんなこの悲惨な状況で苦しんでも声も上げられない子供たちから目を背けないようにしよう。彼らに安らぎは一日もない。一分一秒苦しみ続けている。そしてその状況作っているやつらはのうのうと金儲けしながら暮らしている。これが世の中ならば、ここは修羅、畜生、地獄の世界だ。

2008-03-23 10:16 | ひとりごと | コメント(3)

ついに4代目に引導が!!

昨日、秋葉原の東芝でいよいよ私のパソコンである、4代目ダイナブックが引導を渡された。ハードディスクとDVDプレーヤーが非常に調子が悪かった。今まで四台ともにそれぞれ大きな役割を担ってくれたパソコン達だった。初代のPCは初の著書「おしゃべりなパントマイム」を書き上げ、二代目はそれに続く「ザ・パントマイム」を、そして三代目により、晩成書房から2000年渡米直前に出版した翻訳書、「パントマイムのすべて」を完成させた。しかし、なんといっても今回の四代目ダイナブックはひと際思い出深いモバイルパソコンだった。なにしろ300ページにわたる博士論文を仕上げたのはこのパソコンだったからだ。これを片手にウィスコンシン大学の図書館をはじめとして、ハーバード大学イェンチンライブラリー、日本の国会図書館、早稲田大学図書館、東京芸大図書館などなどをめぐりめぐってリサーチしながら書き続けた日々が詰まっている。多くの友人、恩師からのメールでの励ましもこのPCを介して沢山いただいた。しかし、やはりこの世の常で、形あるものは必ず壊れてゆく宿命なのだとつくづく自分に言い聞かせてもいた。
帰りに秋葉原の電気街を右往左往し、今でているパソコンを見て歩いた。しかし、どこできいてもウィンドウズ・ヴィスタは評判がよろしくないのには驚かされる。なんとなく自分の身体の一部が滅びてしまったような虚無感を払拭させるために、普段やらないことをやろう、と思い立った間際に目の前に一人のコスプレ少女が若者に囲まれて写真を撮られていた。ええい、こうなったら、北海道ツアーのときにミートホープで記念写真とったノリで写真撮っちゃおうと、その少女に写真を撮らせてもらったのがこれです(苦笑)
最初はその系列のコスプレかなにかのお店の広告のために駅前にたたずんでいると思ったのだが、よくよく聞くと、なんと高校の卒業旅行で地方から上京しているただの普通の女の子だった!!(お断りしておきますが、自分はなにもやましい気持ちでこの少女に近づいたわけではありません!!汗・・・苦笑)しかし、世の中変わったもんだ。もうついてゆけない。芸人より度胸あるかも(苦笑)
ちなみに、ブログへの掲載許可を確かめるとその少女は条件として彼女のブログを紹介するということを言い出した。http://ameblo.jp/cyas-pon/ 

2008-03-19 12:12 | ひとりごと | コメント

体感記憶

昨日は目黒で公演があった。なんと10数年ぶりに訪れる会館であったのだが、其の会館の搬入口から衣装などを運び入れている時に其の10数年まえにこの会館で公演したときの記憶が鮮明に蘇ってくるのに驚かされた! 音響のスタッフがそこで仕込みの時に使っていた曲、其の時あった楽屋でのある事件、その他こんな細かい忘れていたはずの事が沢山蘇ってきたのだ。これには驚いた。実に体感記憶と言う奴だろうか。
昔、指圧の国家試験(カンジヤマは指圧師の免許ももっているのだ!)に向けて脳生理学を勉強していた時に面白いビデオをみた。昔のアメリカかどこかの記録映像だが、患者さんの脳を(側頭部)を露出して電気刺激を様々な部位に与えながらその患者さんがなにを感じているかを医者がインタビューしていたのだ。こんな事もちろん今では考えられないが、だが、其の映像で側頭部のある特殊な部位を刺激すると、其の患者さんは昔よく聞いていた、(そして今はすっかり忘れていた)あるメロディーが聞こえたそうだ。つまり忘れていたと思われていた記憶も、実は脳内に必ず宿っており、それを単に引き出すすべを知らないという事なのだろう。
そして今朝方は其の昨日の刺激のせいか、明け方昔の友人の夢をみていた。(実はかなり怖いゆめだったのだが・・・・汗)ん~、まだまだ記憶のメカニズムは解明されていないようだが、不思議な事が沢山ある。この体感記憶、おそらくある形でデータ化されて脳に潜んでいるのだろう。そしてある初めての経験がその脳内データに近い時、もしかしたらデジャブがおこるのだろうか。ん~わからん。それともこれって本当に前世の記憶?!
昨日楽屋をお世話してくださった女性の方が話してくれた。「うちの子、前回いらしてくださったとき、小学校の3年生くらいでした。今はお蔭様で大学にいっております。」・・・一瞬どっと歳月の重さを感じたが、カンジヤマのやったマイムを今でも鮮明に覚えてくれていたともうかがった。こうして自分は何百、何千,いや何万の子ども、青少年たちの記憶のどこかに必ず残っている記憶の一部となるのだという実感を感じた。だとするならば、本当にいい記憶を残してやらねば

2008-03-17 07:31 | ひとりごと | コメント