誕生日にモノ申す!!

沢山の、本当にたくさんのお祝いメッセージをいただいた。本当に感謝感謝の連続でした。おかげ様で充実したBディーを過ごすことができました。みなさん本当にありがとう。このブログの場をかりてメッセージをおくってくださった皆さんに心から感謝いたします。今朝は柳家喬太郎師匠と北九州芸術劇場にてご一緒にお仕事させていただき本当に楽しかったです。やはり高校の芸術鑑賞会だったのですがそれはそれはすごい反響でした。誕生日をこのように過ごすことができるのは芸人にとって最高の幸せです。
夕方帰京し、家族に囲まれて楽しいディナーをしたのですが、しかし・・・、ひとたび部屋に戻り、ウェブニュースを開くと、とても納得のいかないニュースがあったのです。このブログでも一時話題にしたのですが、元巨人軍の桑田が高卒の身分で早稲田の大学院に入学した(http://kanjiyama.exblog.jp/9264944/)。その桑田が、早稲田を訪れたブッシュを出迎えて一大イベントとして大々的にニュースにのっていた。http://www.sanspo.com/shakai/news/091105/sha0911050504004-n1.htm
それによるとブッシュは、「4日、都内の早稲田大学で講演し、リーダーの資質について、自分が信じる原則を曲げないことや約束を実行することなどを挙げて「政治の場だけではなく人生においても同じだ」と述べた。」という(以上サンケイスポーツウェブニュースより)。そしてこれを同大学院生?!である桑田が迎え、記念品を贈呈とあった。情けない!非常に情けない。こういった軽率な歓迎やその報道によって若者がブッシュに対して間違った印象を得てしまう。真実をはぐらかされてしまうのだ。桑田がもし自分の判断力というものがあればこんなイベントには参加しないはずだ。それとも早稲田に入れてもらった恩返し?!
いったいブッシュの間違った政治の為に、何千人というアメリカの若者がイラクで生命を失ったのだろうか。いや、それ以上に何の罪もないイラクやアフガニスタンの民間人、(その多くが子供や女たちだが、)が何万人殺されたのだろうか。はたしてその大義名分であった、イラクの大量破壊兵器はいったい「ありませんでした」ですまされる問題なのだろうか?こういった大事な事をすべて忘れてリーダーの資質もなにもあったもんじゃない。それに加担するように、高校卒業の資格しかない、桑田が(大学課程を経ずに得た)大学院生という身分不相応の肩書でもってそのブッシュを受け入れる。まさにこれは虚偽のリーダーと虚偽の広告塔大学院生の出会いのイベントである!桑田はいったいこのブッシュの実像のどれだけを把握し、またどれほど自分の意思(判断力)をもってこの場に臨んだのだろうか?言い換えれば、(桑田のような)これほどの知名度をもった、かつてスポーツでヒーローのイメージも持った人間が、このような行為をすることによってどのような影響が世の中にあるのかを果たして桑田ご本人が気づいているのだろうか?まったく軽率も甚だしい。憤りを感じる。
ブッシュについていえば、つまり大統領になったのはえらい!!(自分にはなれない。)だが、なれたのと、立派なリーダーだったかは全く別問題だ。オバマの就任式に、ホワイトハウスを逃げるようにヘリコプターで裏から立ち去ったのはほんの一年弱前。そのひどい経済と対外政策の尻拭いを今のアメリカのオバマ政権は必死になって行っている。それが少しばかり時がたつと、すべて無かったかのように堂々とリーダーシップを語る無知蒙昧な姿に腹が立ってしかたなかった。(もっと早くこのイベント知ったら、靴を投げつけにかけつけたのに!!爆)
これは野球で実績をあげた元プロ選手と、金銭の力で大統領まで上り詰めて、散々アメリカを泥沼に追い込んだ二人の出会いであって、決して『すぐれたリーダーと早稲田の正規の大学院生」の出会いではない!!何度でも繰り返して、声を大にして言いたい!!イェール大学の落ちこぼれと早稲田に名前で入り込んだ、二人の要領よいラッキーな人間がたまたま同じ場所で出会っただけだ。新聞ももうそろそろもっと意味のある報道をしたらどうかな。有名人ならどんなことやっても記事にするのかい?

2009-11-06 11:48 | ひとりごと | コメント(4)

節目の日

さてさて今日は実は~十歳最後の日なのだ。しかしよくもここまできたものだ(苦笑) ~十歳最後の日と~十一歳最初の日は幸運にも?またまた仕事なのだ。
ちなみに今日は早稲田の授業を終わらせた後、すぐに羽田空港に向かい、北九州へ。明日は喬太郎師匠とお仕事をご一緒させていただく。高校での寄席形式の公演だ。終演後すぐ帰京、そして明後日は埼玉県川口で英語のショー、翌々日大阪へ移動。そして月曜日は大阪の藤井寺市で高校の芸術観賞会、その後移動し、夜に仕込んで火曜日は滋賀のあいの土山文化ホール主催の芸術鑑賞会と止まらない毎日が続く。
こんなスケジュールのゆえ、なかなか学生達の公演が見られないので昨夜は少々無理をして玉川大学芸術学部の学生公演のゲネプロを見学してきた。2時間にわたる熱演。若さ溢れるすがすがしい舞台だった。しかし、恵まれている。照明も音響も、そして舞台装置も使い放題つかえてリハーサルから本番まで手取り足とり指導してもらえる。幸せな若者たちだとつくづく思った。
話題はあちこちへ飛ぶが、昨日のニュースでレビ・ストロースが亡くなったという事を知った。時代の流れを感じずにいられない。まさに人間の主体性と歴史の進歩を賛美してきた「西洋至上主義に偏向したモダニズム」に最初に異議を唱えた構造主義の開拓者だ。この異議提唱がきっかけになり、やがて私たちの「西洋の視点から押し付けられた世界観」がよい意味でぶれ始め、そして多文化主義が台頭してくる。何事もそうだが、我々のように様々な偏見、既成概念にどっぷりとつかっている一般人とは異なり、常により大きな視点で、そしてより客観的な観点で世界を見られる人間は本当にすごいと思う。そしてつくづく感じるのは人間とは色眼鏡でしかものを見られない動物なのだという事。偉そうなこと言っても所詮我々は他の人々が作り上げた言葉の世界で経験を割り切って、その言葉内での価値観、経験を再生産しているだけなのだ。そしてそれをあたかも自分の経験のごとく感じている。不思議な生物だ。全ては自分の頭の世界で作り上げた妄想、戯言か?って思うとこれはまさに唯識という仏教の思想に到達するのだ。唯識思想ってつくづく凄いとも思う。(申し訳ない、眠さのせいか思考が飛躍しているのかも。これも戯言です。苦笑)

2009-11-05 12:48 | つれづれなるままに | コメント(5)

大企業の良心!?

5月7日のブログに書いた不安が的中した!「自己責任と自己義務を考えた」 という項目
(http://kanjiyama.exblog.jp/9692750/) で自分はコーンシロップ自体のその精製過程とその作用の恐ろしさを書いたが、最近の毎日新聞のスクープによると、現在このコーンシロップという言葉は使われておらず、、「ブドウ糖果糖液糖」などと称されて清涼飲料水などに表示されているという。そしてこれらのコーンは遺伝子組み換え品使用という表示の義務がないのだともいう。毎日新聞がそれぞれの大手清涼飲料水の会社に問い合わせたらしい。以下毎日新聞より転載:
アサヒ飲料▽大塚製薬▽キリンビバレッジ▽サッポロ飲料▽サントリー▽日本コカ・コーラ▽ポッカコーポレーション▽ヤクルトの8社にアンケートし、清涼飲料への遺伝子組み換え使用の有無を聞いた。その結果、「一部使用」も含め、アサヒ飲料▽キリンビバレッジ▽サッポロ飲料▽サントリー▽ヤクルトの5社が異性化糖で「不分別」を使っていると答え、ポッカは「使用の可能性がある」と回答した。ヤクルトは「ほとんどの異性化糖メーカーが原料を遺伝子組み換えに切り替え始めている。組み換えでない原料の異性化糖は、必要量の安定確保が不可能になった」と説明した。一方、大塚製薬は「使っていない」とし、日本コカ・コーラは「情報公開を義務づけられた内容以上の質問には答えられない」と回答した。
コカコーラの「義務づけられた内容以上の質問には答えられない」という箇所に、こういった大企業の消費者に対する究極の姿勢を感じる。つまりあえて臭いものには蓋をという態度だ。自分が以前書いたそのコーンシロップの恐ろしさにプラスして、今度はそのコーン自体が遺伝子組み換えの品物だという。それを毎日多くの人々が知らずに選択の余地もなく口にしているのだ。しかも小さな子供までが・・・人間が私利私欲によって他を顧みなくなったとき、この人類の行く末が見えるような気がする。大企業は社会に貢献するCRSなどの派手な活動を今一度省みてもっと根本的な安全性という良心の立ち位置に立ち戻れないのかな~ まあ、無理かな(悲しいけど)
写真はハロウィーンの我が息子(今年は「不思議な国のアリス」のチシャ猫をリクエストしたそうな)…絶対に上記のような飲料水は飲んではいけないよ~!!

2009-11-01 10:19 | つれづれなるままに | コメント(2)