理論と実践の狭間で・・・・

Between Theory and Practice・・・実はこれはやっと最近送られてきたAATE(アメリカ教育演劇協会)の機関誌Youth Theatre Journalに出版された私の論文のタイトルです。坪内逍遥の一連の児童劇運動の理想と現実の落差、そしてその原因を分析し、一昨年の最優秀論文賞を頂いた博士論文の結論部分をかなり強引にまとめたもので、それなりに内容は濃いのですが、何しろ250ページの論文の結論を十数ページにまとめるという偉業?異業?威業をなしとげたのです、かなり無理はあります(苦笑)。昨年がんばった努力がやっと実を結び、早稲田の紀要,Global Forum とこのYTJにそれぞれ論文をだせました。ホットしたものの現在もう一本の論文を執筆中・・・しかも舞台と大学授業とそして現在青山円形劇場で行われている玉川大学の学生の実演会の指導などで朝から深夜まで駆けずり回っていました。今日は実家のある松戸の小学校に依頼され、芸術鑑賞会、蒸し暑い体育館の中での公演はサウナ状態(大汗)。 
今月は後半から石川県での高等学校集中公演(その間にも仙台公演がはいり、その直後東京で大学教えて再び石川へ)がつづき、7月の上旬まで、そしてその後関東周辺での舞台が続き、大学の期末試験へ突入という怒涛の勢いで突っ走っています。そんな中ファンの方々から一般公開の公演の問い合わせが続いておりまして…大変申し訳なく思っております。今度改めまして自主公演を是非と思っております。
ただ、7月24日は国立演芸場にて、そして8月29日には上野鈴本演芸場にて夏休み親子寄席のようなものがあり、出演予定です。特に国立演芸場ではカンジヤマが狂言まわしのような役割を担わせて頂く予定でおります。

2010-06-11 11:32 | ひとりごと | コメント(2)

次から次へ

風邪がまだ完全に収まらないのだが、それでも今日は早稲田の中間試験をしてから機材の修理などの雑用を高田馬場で済ませ、採点をしながら六時から玉川大学の本番前の稽古に参加した。学生たちが創作した作品が毎年青山の円形劇場にかかるのだ。それで今12時30am帰宅!!(これって何時間労働じゃ?!笑)  
劇中の対象物を扱う動きなどをコーチするのだが、やはりマイムは演技に欠かせない基本だとつくづく思う。
人間は物を取り扱う場合はその仕草、演技はどのようにでも最低限の形になるのだが、物を実際に扱わないと悲惨なくらいに不器用に不自然に見えるのだ。動きを利用した感情表現の基本もマイムを知りぬいたものとそうでないものの差が歴然とする。もちろんこういった芸は一朝一夕にできるものではないのだが・・・・ マイムという技術がこの国では本当にそのポテンシャルを発掘されていないし、使用と本気になっているものもいない。つまり大道芸の小手先の技でしかないのだ。もったいない、本当にもったいない事だ。
今夜は限界なのでまた改めて・・・・ZZZZZZ

2010-06-04 01:06 | つれづれなるままに | コメント(1)

タブロイド紙化するマスコミとそれにマヒする日本人

どうも最近のマスコミの報道がタブロイド紙(いわゆる大衆ゴシップ紙)とあまり変わらなくなっていることが気になる。ヘッドラインがすべて同じ基調ですべて感情的ゴシップの域をでないようなレベルの低さ・・・・基地問題からその他まで問題の核心を鋭くついている論調があまり見かけられない。かえってインターネットの方が鋭い視点で満ち溢れている。マスコミの役割は終わったのかな? 感情論、個人的責任の追及はかりで、起こっている事の内部構造的な分析がまったくない。つまり言葉じりのアゲ足とりに終始している。その台詞、態度の変容、その他の変節にどんな深層的な構造があるのか・・・・これがマスコミにとって一番大事ではないのか。
これは演技を教えるときに学生に一番注意を促す基本事項なのだが・・・人間の台詞、行動は単に植物に例えれば花の部分のはずだ。その根っこがどのように広がっており、どのような障害があってどのような構造で茎をのばしてその花があるのかを知ることが一番大切なのだが。下手な役者はその花のみを見て、その花を論じようとする。つまり「あなたが嫌いになりました」という言葉じりをそのままの意味にとらえる。そのサブテクストを解析して論じるのが本物のマスコミだと思うのだが・・・・どうもそうではない。この浅さがどうも耐えられなくなってきた。鳩山さんの言動の豹変、あるいは変節を表面でとやかく批評するのは街角のおっちゃんたちの床屋政談と何ら違いがない。根底にある構造的そして因習的な大きな力が無視されているのでは。そういった意味では内田樹さんの鳩山発言「学べば学ぶほど抑止力の大切さがわかってきた」の分析が核心をついているような気がする。http://blog.tatsuru.com/2010/05/28_1008.php
様々な政治家の言葉の表面をゴシップ記事レベルの扱いで、ああいい、こういい、事後の後のフォローも全くない。仕分け作業がどのように遂行されるのか、最終的に何が沖縄問題を停滞させているのかまったく論拠に深みの無い新聞、テレビのニュース解説。今は単なる世論誘導のみの装置になり下がっているような気がする。そのマスコミが自らの分析を怠り、感情的な世論調査を頻繁に報道しながら政権を変える事のみに終始しているような気がする。本当はこんなに首相がちょくちょく変わっているような状況ではないと誰もが叫ぶなか、国民の借金はどんどん膨れ上がり、そして経済力は停滞どころかみるみる後退しているという。どうなるのだろう。それとも国家破産もみんなで渡れば怖くない?のかな?このままだと新聞お金払ってとるのやめたくなるな~

2010-06-03 06:55 | つれづれなるままに | コメント(3)