山口昌男先生


山口昌男先生が亡くなられた。知の巨人とも言われ、日本のニューアカデミズムの先駆けとなる活躍をされた方。マイムを始めた頃、1977年頃だったと思う。先生の「道化の民俗学」という本を貪り読んだ思い出がある。その頃は自分はアルレッキーノもコメディア・デラルテの何ぞやも全く知らないずぶの素人。だが、なんでもいいから道化について学びたい一心でご著書を貪り読んだ。
その後おそらく1986~7年だったと思う。思いもかけない場所で先生にめぐり合うことになった。フィラデルフィアのペンシルヴェニア大学で行われたmime and clown festival というイベント。このイベントのときカンジヤママイムはまだ結成数年だったのだが、特別にフェスティバルで公演をさせていただいた。大好評だったのだが、その後のシンポジウムにおいて、道化について少々の討論があり、自分は山口先生のご著書を引用してある説を主張していたのだが、実はその座談会の傍聴席に先生ご自身がいらっしゃったのだった。今考えると赤面ものなのだが、その後先生とお知り合いにならさせていただき、お酒を飲みながら、色々と親切丁寧にご指導いただき、楽しいお話を伺うことができた。実にラッキーなご縁をいただいた。
今改めてご著書を読み返すと、本当に深い内容に驚かされると同時に、当時何も知らなかった自分が、また別の意味で懐かしい。思えばあれから四半世紀たっているのだ!!先生のご冥福を心からお祈りさせていただきます。

2013-03-10 09:48 | つれづれなるままに | コメント(2)

鹿児島~千葉~茨城


今月は鹿児島から始まって、千葉県幕張、そして茨城の土浦と旅をした。様々な人々との出会い、そして語らい、学び、いろんなことがありすぎて楽しすぎて、書ききれないくらい(笑)
薩摩川内にてボランティアのマイムをやった。マイムを初めて見る老若男女の笑顔は本当に素敵だった。僕の親友が夢修庵という寺子屋のようなものを営んでおり、そこで塾やら川柳の会、その他様々な文化活動を発信しようと頑張っており、そのお手伝いにうかがった。それにしても「かごっま弁」は難しい。地元の人々が話しているときは自分は常にかやの外(苦笑)僕にとっては外国語のような響きだった。鹿児島は昨年鹿屋の高校公演で訪れた11月以来だったが、本当にあちこちに温泉があり、堪能させて頂いた。やはり普段酷使している身体に温泉は優しい。
親友の川柳仲間が沢山見に来てくださったが、まさに川柳も森羅万象をある一定の形の中で凝縮し、表現するということで言葉のマイムだとつくづく思う。逆にあえていってみるならば、マイムは身体の川柳ということだろうか・・・これって結構当たってるかもしれない。
4日、鹿児島より羽田に戻り、その足で千葉は幕張へ。翌日、当地の中学校にて舞台を依頼され、公演。撤収後、土浦へ移動。土浦の某有名高校にて芸術鑑賞会を行った。身体は疲れていても、若者のものすごい反応に接するとついつい疲れを忘れて張り切ってしまえるのは幸せなことだ。たくさんの素敵な笑顔、エネルギーに接してこちらも元気をいただいている。ありがたい事に膝の調子がかなり良い。一時はマイムができないくらい悪化していたが、ヒアルロン酸直接注射が功を奏したようだ。
終演後、生徒さんたちからの自主的な直接メールが沢山届いている。嬉しいとともに時代を感じる。
一期一会の旅は続く。あすはNHKで指導の日。いよいよ新しい振り付けが固まってきた。楽しみだ。

写真は川内にある菅原神社(藤川天神)。菅原道真公が大宰府に左遷された後に隠棲したといわれ、菅原公終焉の地という一説もあるらしい。それはそれは梅が見事だった。西郷隆盛の愛犬ツンの像があった(写真上)。上野の西郷さんも連れている犬はここで西郷さんに譲られたという。

2013-03-07 05:27 | つれづれなるままに | コメント(7)

可児市にて


久しぶりに仕事で可児を訪れた。雪がちらつく夕方、車で到着。東京と比べて一段と厳しい寒さにブルブル震えた。有名な日本ライン下りの木曽川沿いにあるこの街。その向こう岸は美濃太田、坪内逍遥生誕の地である。過去には何度も公演で訪れたのだが、ここ4年くらいはチャンスがなかった。ここの高等学校の芸術鑑賞会にお招きを受け、舞台をやらせていただいたのだが、ものすごく素直な生徒さんたちだった。校長先生がパントマイムのファンだということをしきりにおっしゃっていらっしゃったのでとても嬉しかった。最後の生徒会の男子生徒さんが挨拶をされたのだが、この挨拶が立派だった。通常は紙などにあらかじめ書いたものを読んだりというのが頻繁に行われる日本の挨拶の形式なのだが、彼は私たちの目を見ながら自分の言葉で、自分の目で見て感じた事を語ってくれた。その内容に説得力があったのは言うまでもない。立派だった。心の中で彼の挨拶に拍手をおくっていた。
久しぶりの岐阜県への単独公演だったので、終演後すぐに帰路につき、中央道をひたすら走った。珍しくまだ明るいうちに南アルプス周辺を通過でき、その夕日に映える山々を満喫できた。なんと美しい雄大な景色だったのだろうか!!みな車内からその美しさに見とれてしまった。いつもは真っ暗闇の高速をひたすら走っているのだが、やはりこういった雄大な景色を見ながらだと、運転も楽しくなるものだとつくづく思う。
そしてやがて闇が迫り来る頃、開通したばかりの笹子トンネルの上り線を初めて通過。ん~、やはり皆上をむいてしまうのだ。ダクト用の鉄板が取れ、その異様に高くなったトンネル天井を見ながら、つくづく公共事業とその管理のありかたを考えてしまった。公的なものほど手抜きがあるというのは何なのだろうか?昨日の朝もテレビ朝日で練馬区の公共施設が多数仮設方式により設置されたまま、その耐久年数を何十年も超えて使用されていたことが発覚したという。公僕とは名ばかりの怠惰な役人の態度が目立つ。公的な機関ほど、その責任の所在がはっきりしていないように思う。そろそろこういった役人仕事に責任所在をはっきりさせてゆく時代なのではないだろうか? トンネルを通りながら一体崩落の責任はだれがとったのだろうかとボンヤリと疑問に思った。犠牲者は運が悪かった・・・それで済んでしまうのだろうか?

2013-02-22 05:39 | ひとりごと | コメント(4)