遅くなりましたが・・・

実は先週末、NHKおかあさんといっしょの昨年の夏の特番が再放送されたそうで、カンジヤママイムが振付け、出演いたしました「不思議なテント」が放送されたようです。見ていただいた皆様ありがとうございました。ファンの方々からたくさんのメール頂いておりました。19日の週は「おかあさんといっしょ」の今年の夏の特番の再放送だそうです。カンジヤママイムの振付けた、りさおねえさんの歌のマイムが放送されます。是非お楽しみに!!

さてさて、20日の火曜日、テレビ朝日にて「中居君のミになる図書館」がついに放送されるらしいです。カンジヤママイムはタレントのみなさんがやるマイムの審査員として出演いたします。23時15分より24時15分までの予定です。

最後に、これは少し先ですが、7月末に収録いたしました「BS笑点特大号」がBS日本テレビにて10月9日22時より放送予定です。

また、これも既にアップされたものですが、カンジヤママイムが旅先より寄稿しました超エンタメ教育論の第三回目の原稿がでました。よろしかったらご覧くださいませ。(以下超エンタメ教育論より)

メールマガジン「超!エンタメ教育評論」
第32号 2013年8月14日発行

 マイム的エンターテイメント入門 第4回
 イメージの大切さについて考える

            パントマイム役者 カンジヤマ・マイム
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 前回、私が小学校の時にいかに劣等生だったかを告白致しました。
そこで今回は当時を思いおこしながら、何が私を劣等生にさせてい
たか、その要因についてお話ししてみたいと思います。勿論、何も
かも人のせいにしようという訳ではございません。ただ、一つの大
きな要因としてイメージの欠如という事があったと思われますので、
その大切さについて考えてみたいと思います。

 それぞれの子どもには、ある一定の世界=イメージの構築可能な
範囲があります。それは生まれた環境、家族、そして、もしかした
ら先天的な傾向(好奇心、探求心)などがあるのでしょう。この件
については心理学でよく、nature or nurture として先天的(遺伝
的)な因子と後天的(環境的)因子との関係が問われているのは有
名ですね。今回はこの後天的な環境に焦点をあてて考えてみたいと
思います。子どもの世界感は家庭環境とそれに関連した周辺環境か
ら受ける刺激によって形成されます。私の場合は古い伝統的な商人
(職人)の家の長男として生まれ育ち、自分の世界は今思えば実に
狭いものでした。家庭とその近隣の地域、これがせいぜい私の世界
の範囲でした。そして親や、その親への来客の人々が話す話題もい
たって限られた商売の事や近所の世間話だったのを覚えております。
両親ともに尋常高等小学校の教育しか受けておらず、当時の家庭で
の会話は、ごくごく限られた身の回りの話に限定されておりました。

 こんな環境で育った私が、今でも苦痛として思い出すことは、学
校の教科書で学ぶ事柄がまったく興味すら湧かない異次元の世界だ
ったということです。今でもトラウマと共に思い出します。例えば
地理だったと思いますが、各国の貿易の特徴などを円グラフに表わ
されたときに、まずは外国の国名にしても、その国がどこのどんな
国なのかイメージがわかないし、その輸出輸入の品物の内容たるも
の、ボーキサイト、綿花、重工業製品などなど、それらは私にとっ
てまるでエイリアンが自分たちの惑星の言葉で何かを話しているよ
うなもので、まったく意味不明であった事を思い出します。イメー
ジがまったくわかない。これでどうして学びが可能でしょうか?両
親に聞いてみても曖昧な答えしかもらえなかったという記憶があり
ます。

 これとは逆に、私と違う環境、例えば外交官や海外経験豊富なご
両親の家庭に生まれた子供たち、例えば現在は皇室にいらっしゃる
雅子様のご家庭などをイメージしてみてください。子どものころか
ら家庭を訪れる来客の顔ぶれをはじめ、その話題は自然と海外の様
々な状況、あるいは文化に関する事が頻繁に取り上げられたことで
しょう。「門前の小僧」で、こういった環境の子どもたちは自然と
無意識の段階で様々な世界のイメージを植え付けられることでしょ
うし、また同時にご両親もそれなりに子どもの素朴な教科書の質問
により適切な解説をなされたことでしょう。またご自身でも幼少よ
り海外体験されていらっしゃるゆえにそのイメージの可能な領域も
広く、豊かでしょう。こういうお子さんが同じような授業を受けた
として、随分学びの準備が整っていて、イメージが膨らみ、その効
果があるでしょう。もっとも学ぶ学校の質もちがうのかもしれませ
んが。

 では、こういった私のようなイメージ領域や体験の乏しい子ども、
あるいは青少年にまったく未知の世界を紹介するときに、どのよう
にしたら良いのでしょうか。それはできる限り学びの対象を身近な
事として扱い、五感に訴えるような面白可笑しいエピソードと共に、
多少の味付けをしながら彼らが自然と興味をもてるようなイメージ
づくりをすることが大切ではないかと思うのです。

 例えば自分が振り返ってみて今まで小学校から大学を含めた学校
教育の中で強く印象に残っている授業は、往々にして教師たちが興
味深いエピソードや体験を盛り込んでくれたものが多いことに気づ
きます。何の気なしに先生が話してくれた無駄話というか、授業の
話題に関した世間話とか、面白可笑しい体験談、失敗談、裏話、秘
密の情報、あるいはそれに関連したアクティビティーなどがそれに
当たります。つまり、その人の口から、その人の実感と共に表現さ
れた等身大の言葉で語られたもの、あるいはその人がその教えを生
徒自身が体験できるアクティビティーにしてくれた場合が多いので
す。そしてそこには必ずその教師のその教科、あるいは題材への愛
情のような温かい心が感じられることが多かったのを覚えておりま
す。

 今、この原稿を書いている時、私はロンドンに居りますので、話
がいきなり英文学の話題になりますが、例えばその昔、私にとって
シェークスピアといえば、自分とは時代も違う異国の人物、しかも
雲の上のような一見難解で、高尚そうな存在でした。この作家を私
にとって身近な存在にしてくださったのは私の大学の恩師でした。
その先生は、常に作家に関する人間臭い、そして面白おかしいエピ
ソードなどを紹介してくださいました。シェークスピアは結構ケチ
で、金貸しをやりながら何度も訴訟を起こして、金を取り戻そうと
やっきになっていたとか、遺言状の中で、自分の周りの人々に自分
の財産を分け与えた時に、自分の妻には二番目に良いベッド一つし
か残さなかったとか。それが面白くて、今までの偉人、あるいは難
解な文学作家としてのイメージから解放され、普通の一風変わった
面白いおじさん、というイメージが再構築でき、興味を持つことが
できたような気がします。

 その恩返しにと、今現在、私は自分の学生にこのシェークスピア、
あるいはエリザベス朝の演劇を如何に面白おかしく伝えられるかの
ネタとアイディアを模索しながらロンドンと、そしてかの作家の生
誕地、ストラットフォード・アポン・エイボンを散策しております。
先日も再建されたグローブ座(シェークスピアが主に活動していた
劇場)で生でシェイクスピアの劇を鑑賞し、身体がしびれるような
体験しました。この体験をどうにかして学生たちに効果的に伝えた
くて、今様々な思案を重ねてそれらを自分の言葉に練り直しており
ます。私のような近所の遊び場周辺しかイメージの許容範囲の無い
学生だとしたらどうしたらよいのか。

 例えば、グローブ座(エリザベス朝時代)にはトイレはなく、み
な観劇中にそこいら中にしまくっていた。特に女性はその為にもワ
イドスカートを履いていたからそのままの格好でできた・・・など
というと学生は必ず興味をもってくれますね。実際にその場でその
解説を訳して聞かせたら、私の7歳の息子はひっくり返って大笑い
しておりました。それは臭かったことでしょう! 

 そしてこの公共の劇場にはあらゆる階層の人々が見に来たので、
突き出し舞台の前と両サイドには、低所得者の為の立見席があるの
です。今回、私はあえて最初は一番高いチケットでバルコニーの最
前列から観劇し、そして次にこの一番安い立見席の最前列で舞台に
頬杖をして、食い付くように三時間立ち見で観劇しました。そう、
当時の芝居好きの低所得者たちのように。当時は観劇しながら飲み
食いは自由、そしてタバコさえ吸いながら観劇し、もしも芝居が下
手だったり、内容が気に食わない場合は食べていたリンゴやトマト
が舞台に飛んできたといいます。そして何よりも、今回実感したの
は、たまたま自分の周りにいたお客さんの物凄い体臭!!汗臭さに
閉口!!当時も立ち見はぎゅうぎゅうに肌押し付けあうまで込み合
っていたそうで・・・ここで何人もそのまま用を足し!?しかも当
時、風呂など入らない人々の体臭ぷんぷんの中で缶詰状態で観ると
いう、その上、当時は一日中の観劇だったこともある(!)そうで
す。そんな事実を考えるとき、とても半端じゃない経験だなあと思
うのです。勿論、それくらい芝居が好きな人々が多かったのでしょ
う。

 勿論、役者たちは当時と同じく、どんどん立ち見の客が飽きない
ようにいわゆる「客いじり」をしてくるので、それも楽しみの一つ
です。ですから今回私は現在の観劇とは全く違った条件の中の観劇
という事を肌で知ったわけです。これを面白可笑しく説明したら、
きっと学生は食い付いてきてくれるでしょうね。(しかも、当時は
女性役がほとんどすべて十代の声変わりする以前の男の子だったと
いう条件も加味しなくてはなりません!)

 まあ、これは私の専門の演劇という分野でのお話ですが、それぞ
れの専門分野で、教師たちには、また親御さんたちにもできる限り、
五感に訴えるようなイメージを与えながら子供たち、若者たちへの
語り部となっていただきたいのです。イメージとともに入ってくる
情報は物凄いインパクトがあるし、このイメージに後に更に詳細な
イメージが上乗せされることにより、より高度な学びになってゆく
と信じております。(実際、今回私は、なぜシェークスピアが妻に
ベッドしか残さなかったかに関しての、より現実的な事情を理解す
ることができたのです)。

 以上、今回はイギリスで自分が体験したことも踏まえてイメージ
という事に関してお話しいたしました。次回は、もう一つの方法で
ある、アクティビティーによるイメージ構築のお話しをさせて頂き
ます。

 

2013-08-18 06:37 | つれづれなるままに | コメント

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