平塚にて

平塚の某高校(失礼!最近高校名を挙げると色々と御迷惑がかかる事があるので名前を伏せております)の芸術鑑賞会。男子の数に比べて女子が圧倒的に少ない所だった。もちろん男子学生の事、最初は色々と落ち着きがない(苦笑) それに何人かの自己顕示君たちは想定内。しかし、幕が開き舞台が進行してゆくと本当に素直な良い子たちだった。手ごたえは確実にあった。最後は割れんばかりの拍手を頂き無事終了。幕あき前に話した学生は最後に会った時には近づいてきて照れながら「すっっげ、面白かったです」  こうして彼らの日常の言葉で感想を述べてもらう時その言葉の信憑性が感じられて嬉しい。さてさて今年も残すはあと5ステージ。いやいや、船上での舞台も忘れてはいけない(汗) 走るぞ~~~まだまだ

2010-12-15 07:16 | つれづれなるままに | コメント(2)

走り続ける師

終末は川崎の某小学校にまねかれて芸術鑑賞会。どよめく笑いに包まれて元気な子ども達の元気を沢山頂いた。やはり子ども達の気は素晴らしい。どんな子どもも素敵な気がある。それをどう方向づけてやるか・・・私達大人の責任は重いと思う。
そして日曜日は金沢の県立音楽堂での寄席への日帰り!!小松空港から金沢へ向かう途中の高速道路から見えた雨上がりのそれはそれは大きな虹があまりにも奇麗だったので同行させていただいた菊之丞師匠と携帯で写真を撮りまくった。金沢への往復の機内で睡魔に襲われながら試験採点と闘う。帰宅すると学生から遅れて届いた校正しなくてはならない書類が沢山届いていた(汗)校正を終わらせて寝たのが2時過ぎ・・・・ 
月曜日は朝から早稲田の授業・・・・これが補講が終わったのが夜7時半!!その後ダッシュで六本木へ向かう。西麻布のスーパーデラックスというライブハウスのような場所でアメリカから来た友人が即興の会をするというので会いに行く。
25年ぶりの再会!!何しろ85年に師匠トニーモンタナロのワークショップを共に受けて以来の再会だ。彼は今日本のアメリカンスクールを巡回公演している。25年のキャッチアップに花が咲き、お互いのその後の道程を語り合う。11時に終了し、帰宅は12時過ぎ。
さてさて今朝はこれから平塚の某高校芸術鑑賞会。走りつづける日々。この一瞬一瞬を味わいつつ、楽しみつつ、感謝しつつ。・・・・ちょっと眠いが・・・・
写真は北陸道から見えた虹!!

2010-12-14 06:45 | つれづれなるままに | コメント(3)

30年前の今日

30年前の今日(ただしアメリカ時間の12月9日)、私はある事情があり、ニューヨーク、マンハッタンの街を足早に歩いていた。母校の州立大学があるビンガムトンという片田舎からグレーハウンドバスでマンハッタンは42丁目のポートオーソリティーバス停に早朝到着し、JFK空港行きの電車に乗り込もうとしていた。汗びっしょりの身体にはバックパックなど多くの荷物を抱えて走っていた。そこに街中に何かとてつもない大きなニュースが流れているのを肌で感じた。そう、どこの店のテレビも街頭のラジオもジョン・レノンの死を報じていたのだ。彼が射殺されたのを知ったのは実に現地マンハッタンだった。雑踏を潜り抜けて速足で歩くのだが、どうもこの町の緊張感は肌に合わなかった。(今の若い人々に42丁目といっても小奇麗な劇場やらおしゃれな店の並ぶ街並みしか想像できないだろうが、当時の42丁目は、特にポートオーソリティバス乗り場付近は本当に怖い場所だったのだ!!ポルノショップやらその他怪しい店が並び、娼婦たちが立ちんぼする一角。そこで衝撃的なジョンレノンの悲報!!今でもまざまざと肌で感じてよみがえってくるあのショック。おそらく脳のどこかに深く刻み込まれているのだろう。本当にニューヨークは怖かった。そして人間が怖かった。当時22歳になったばかりだった自分。空港へ向かう地下鉄の中でレノンの曲、イマジンが駆け巡っていた。そしてそれにオーバーラップするように何故か芭蕉の句が鳴り響いていた。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」 あれから30の月日が流れた。

2010-12-09 07:00 | つれづれなるままに | コメント(3)