人生の目的?!


忙しい日々の中、先日満員電車に乗っていた時のことでした。隣に立っていたおじさんが、満員すし詰め状態の中で半ば強引に無理やり自分の本を開いて読もうとしていました。「迷惑な奴だ!!」と思いつつ、その本の中身をチラッと見ていました(私は身長が高いので、こういうことは簡単にできるのです笑)。っと、なんとなく覗いた本のページの大きな見出しが目に入り、その言葉が自分の脳裏に突き刺さりました。そしてその日一日その事についてとても真剣に考え続けました。そこにはこんなことが書いてあったのです
「人生の目的は二つある。一つは自分の欲しいものを手に入れる事。そしてもう一つは、その手に入れたものを十分に楽しむ事である!」
なんと単純なこの文にものすごい真理が書かれていたことでしょうか。今、現代の社会において、私たちはいつもいつも欲しいものを手に入れるよう、物欲を煽られています。テレビをつける、新聞を読む、そして電車に乗り、広告をみる・・・すべての情報が私たちの物欲を駆り立てるように仕向けられています。しかし、振り返ってみると私たちは既にかなりの多くの「欲しいもの」を手に入れているのではないでしょうか?その反面、果たして私たちは自分たちの今手に入れているものをどれくらい味わって楽しんでいるでしょうか?
自分の息子にたまに注意をします。欲しいプラレールを手に入れても、次の瞬間には、今まだ手に入れていない他のプラレールを欲しいと思ってしまう。・・・でもこれって、果たして、私たち大人は違うのでしょうか?そう考えた。果たして自分は今既に手に入れているモノ(=幸せ)を十二分に味わっているだろうか?
ん~~、深い。実に深い。この消費社会、資本主義の世の中では、常にものを余分に生産し続け、そして利益は常に右肩上がりに増え続けなくてはならない。でもそんなこと可能でしょうか?こんな脅迫観念に常に襲われているから余剰生産するために原発が必要だと思ってしまう。そしてそのリスクを見ないふりしてしまう。セネカという人が言っています。「貧しい人とは少ししかモノを持っていない人ではなく、無限の欲にせき立てられ続け、いくらあっても満足できない人の事である」少ししか持っていなくてもそれを十二分に喜び、味わう人生は素敵だと思う。人生の二つ目の目的を達成しよう!!

2013-02-02 07:10 | ひとりごと | コメント(7)

山梨ツアー終了

猿橋の後、牧丘、長坂と公演を終え昨夜帰京した。山梨の学校の先生方は本当に面白くて遊び心のある方が多くて楽しかった。校長先生が自らマジックネタをたくさん校長室に仕掛けて、生徒さんたちを喜ばすことを必死に研究していたり、実に楽しそうな校風に生徒さんたちの笑顔が重なる。そんな先生方にお笑い教師連盟の存在を紹介し、ぜひネタ作りに加わっていただくようにお願いした。
旅の最中は宿に着くと、NHK「おかあさん~」の振付けで夜じゅうホテルの部屋で動き続けた。ネタができてからが大変。これらを保育園で実際に仕掛けてみて幼児の反応を見るのだ。三歳児に理解できること、動けること、想像できることが実験によって明らかになるのだが、これは本当に勉強になる。それを踏まえて再度、組み立てなおすのだ。スタッフがホテルの廊下で部屋から漏れてくる声が聞こえたと言って笑っていた。(苦笑)
昨夜帰京後深夜から明け方まで、大学生たちから来ていた期末試験の質問に答えつづけて先ほどやっと終了。これからカンジヤママイムの新しいウェブページの打ち合わせに向かう。来週からいよいよ大学は期末試験に突入。自分にとっては採点地獄の始まりです(苦笑)

2013-01-26 09:19 | つれづれなるままに | コメント(2)

山梨ツアー(笹子トンネル通過!)


さてさて、文化庁による派遣公演事業がまた始まった。今回は山梨の一連の学校にて公演。今日は猿橋にて一公演終わらせた。学校によって本当に雰囲気が違うし、先生方の空気も異なる。今日は本当に素敵な先生ばかりだった。気持ちよく公演させていただき、楽しいおはなしもさせていただいた。ここの学校の子供たちは本当に幸せだと思う。
最近学校の体罰が物議をかもしているが、実は手を上げるという行為自体はそれほど問題の本質ではないような気がする。その裏にどれだけ本物の愛情があるかどうかだと思うのだ。本当に愛情に裏付けされた鉄拳ならば一度打てばおそらく子供の心に本当に響くような気がする。(もちろんそれが本当に、どうしても必要ならばという大前提での話だが)。今話題になっている体罰とは教師の試合に勝ちたいというエゴから発しているサディスティックな体罰のような気がしてならない。(決めつけてはいない。情報を見る限りでの推測だが)。本当の愛情に基づく体罰とは教師が努力して努力して、そしてどうしても必要なときに止むなく手を上げる事だと自分は思う。
さてさて、終演後もろもろの用事を済ませて明日の公演地へ向かう途中、例の悪名高き、笹子トンネルを通過した。今現在は対面通行になっているが、流石に事故を思うと不気味だった。自然と視線はみな上へいくのだろう。そして自分も上を見つめていた(運転はしていないのでご安心を苦笑)
一体現在日本にこんなトンネルや道路はどのくらいあるのだろうか?だとしたら定期検査って一体なんだったんだろうか?ここにも大人の怠慢がある。お役所仕事の弊害がある。(写真は笹子トンネル。ちなみに例のダクト用の鉄板はもちろん全て取り外されておりました) 

2013-01-23 08:17 | つれづれなるままに | コメント(3)