師走の南国にて!

このところ毎年のように12月上旬に訪れている沖縄!昨年の興南高等学校に続き、今年は小禄高等学校にお招き頂き、芸術鑑賞会にて公演。小禄という地名には今までどうしても沖縄戦に関わる悲惨なイメージが付いて回っていたのが現実だったのだが、今年は千人以上の素敵な若者たちの笑顔に迎えられ、小禄の素敵な一日を過ごすことができました。大爆笑と真剣に見入る若者たちの純粋な表情に、ここでこうして舞台ができた事に心から感謝を感じた。


折しも12月8日。なんと真珠湾攻撃の日だった。Facebookにも掲載したのだが、この真珠湾攻撃がすでに米国により暗号解読され、攻撃のかなり前から米国政府はこれを知りながら、あえて国民の怒りを開戦の後押しにしようと利用したとの事実が明るみに出てきた。いつも戦争を始めるのは政治家たちの思惑からだが、実際の被害を被るのは必ず一般市民だ!!この真珠湾攻撃の最終的な一番の犠牲となったのがここ、沖縄であり、ここの沖縄県民だ。そしてこの決戦の一番の犠牲になりながら本土決戦の引き伸ばしという極めて身勝手な大本営の命に命を捧げた県民たちの姿を最後に伝えようとしたのが小禄の旧海軍指令壕から司令官、大田実が自決前に打った「沖縄県民斯く戦えり、後世格別の御高配を賜らんことを」という言葉だ!どうだろうか?果たしてその沖縄県民はそれ相当の「御高配」なるものを賜っているのだろうか?

公演前日、国際通りを歩いていたが、今はヨシモトの劇場が入ったビルが目に入った。ここはその昔、三越だった。そしてその地下に沖縄ジャンジャンという小劇場があり、最初に沖縄に来たのが80年代の後半、永六輔さんとのここでの公演でした。その後も永さんにお誘い頂き、何度となく訪れたこの地。修学旅行の若者で賑わう雑踏を歩きながら、思わず自分の口をついて出てきた言葉、、、「ところも変はらず、人も多かれど、いにしえ見し人は二三十人のうちわずかに一人二人なり、あしたに死し、ゆふべに生まるるならひ、ただ水の泡にぞにたりける、、、」(方丈記)

2017-12-09 05:56 | つれづれなるままに | コメント

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