天竺への道

1日の深夜、デリーに到着。この日をどれだけ待ったことか。2月1日に日本を発つと決めて、それまでに三つの大学の期末試験とその採点、それに加えて舞台や振付け、そして原稿の仕事が詰まっていた。だが、死にもの狂いで仕事をこなし、ようやくデリーに降り立った。噂にはきいていたが凄い大気の汚染。ぼーっと遠くがぼやけて見える。聞くところによると、北京より酷くなる事があるという。いよいよ始まる仏跡を目指す旅。感無量だ。約25年ぶりのインド。最後に訪れたのはたしかボンベイ(現ムンバイ)の北にあるロナワラという地にあるヨーガ大学に通っていた時だ。30代のはじめ、ヨーガを知りたくて指導者養成クラスを受講して以来、あれから四半世紀。

だが、実は朝、早朝家を出た時に少々のハプニングもあった。家族に出発のあいさつをし、玄関を開けると家の真ん前でなんとおじいさんが倒れていたのだ!それも5時のまだ暗い凍えるような早朝なのだ。びっくりして駆け寄り、起き上がらせると、どうやら少々記憶が散漫になっているらしい。散歩にきて転んでそのままだったらしい。自分が旅の為に起きていなかったらおそらくあのおじいさんは7から8時頃まで倒れたままになっていたに違いない。これも仏縁なのだろうか。まあ人のお役に少しでも立てたら幸せだが。

これから始まる10日間の旅。今一度釈迦の足跡を辿りながら、命の洗濯をするつもりだ。今後の俳句マイムの際の解釈にも役に立つだろうし、また昔からやりたかった仏教に関連するマイム、特にジャータカ物語(釈迦の過去世物語)にもどんな解釈ができるのか楽しみ。いやそれよりも何しろ忙しさの字のごとく、心を亡くしがちな毎日の忙しさの中、たまには頭の中を空っぽにして今、目の前の世界の展開を楽しむのもいいだろう。ガンジーを代表とするアヒンサー(非暴力)の哲学と多発する強姦殺人事件が共存し、そして平等を説く仏教が生まれた反面、カースト制度という身分制度が残酷なほど脈々と続く社会、洗濯女たちが川で衣服を洗い、手引きのリキシャーが走りまわる街では同時に欧米のITビジネスの最先端の技術の底力となるブレイン(頭脳たち)が日夜コンピュータと向き合う。つまり深淵な人間愛とむき出しの人間欲、原始的な風景と最新の世界が混沌として常に共存している不思議な国インドだ。

2014-02-11 05:30 | つれづれなるままに | コメント(2)

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