昨日鈴本演芸場出演の後、前から気にかけていた映画をようやく見ることができた。藤田まこと主演の「明日への遺言」だ。岡田資(たすく)当時東海軍司令官が、名古屋を無差別攻撃したB29の搭乗者を処刑した罪で戦後の裁判にかけられるというものだ。第二次大戦が終わり、軍の上層部が皆それぞれに責任転嫁に東奔西走するなかで、最後まで自分の心を見つめ、部下をいたわり、そしてなによりも自分の信念にもとづいた筋をとおしてゆく一人の気骨あふれる人間の物語だ。見ていて目頭があつくなった。なんて高貴な人間がいたのだろうか。こんな人が日本をリードしてくれていたら、おそらく現在のような堕落した、いやな世の中にならなかっただろうなと思った。思えばそもそも戦争直後から日本のいわゆるエリート上層部は保身を最優先していた。今もまったくその姿は変わらない。
この岡田資中将のご子息で、映画の中でも奥様と一緒に登場する岡田陽(あきら)氏は日本の演劇教育の草分け的存在であり、玉川大学芸術学部名誉教授でもあられる。自分はずいぶん以前から岡田先生の御本を何冊も読み、そしてあこがれていたのだが、どうも恐れ多くてただ本からの印象でしか存知あげなかった。しかし、帰国後、玉川大学の太宰久夫教授のお勧めで連絡を取らせていただき、快く面会を承諾していただいた。当時書いていた博士論文の調査の一環として岡田先生のお宅にお邪魔して一日中演劇教育に関する楽しいお話を伺った思い出がある。自分にはとてもやさしい、穏やかな印象があったのだが、実際に玉川出身の教え子であられた先生方に伺うと、現役時代はかなり恐い、きびしい存在だったようである。しかし、その恐い、厳しいという一見ネガティブにも聞こえる側面のもう一つの深い意味をこの映画が教えてくれたような気がした。
映画の中でも、藤田まこと扮する岡田資氏が顧問弁護士に家族を紹介するシーンで、「息子は今教師として大学で演劇をおしえ、そして教育に舞踊をとりいれようと努力しています」とのせりふがある。あの戦後の混乱の中ですでに未来を見据えて教育演劇の道を歩んでおられたのだ。同時進行しているのは、その混乱の中で自らの父親が自分の筋を通しながら自らの命を盾に部下たちの命をまもり、将来の日本の礎になれとの「未来への遺言」を彼らに託していた。つまり岡田先生の教育演劇にかける情熱は、父親の明日への遺言としてその御身全身で受け止められているのだという事実がひしひしと伝わってきたのだ。それは見ている自分の心に言い表せないくらいの重さでのしかかってきたのだ。そうだ、この父親の高貴な筋があって、そしてこのご子息の信念があるのだ。ある玉川大学の教授がおっしゃっていた、「あの一瞬のせりふのなかに日本の教育演劇のすべての原点がある」。言いえて妙だと思った。自分もあの一瞬のやりとりに素直に最敬礼してもう一度自分の初心がそのまま純粋につらぬかれているかを見つめる時間がもてたことにひたすら感謝した。将来の日本を背負う子供たちのために、今何ができるか。やがてその子供たちが育って、彼らの子供にどんなことを伝えてもらいたいのか。そのために今自分に何ができるのか。貴重な遺言だった。
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