英語ショー

最近英語のショーに関するお問い合わせのメールが多くなったので、一応地方での近く行われる英語のショーもお知らせさせていただくことにします。次は3月22日(月祝)長野勤労女性会館しなのきホールにて18時半より『えいごとマイムのバラエティー』行います(主催は長野中部子ども劇場さんです:tel:026-224-4593)  是非みなさんの小学校、中学校でもマイムによる身体動かしながらの英語のショーを!!
その他現在NHKワールドによる日本語クイックレッスンはイギリスでも放送されているようで、最近はイギリスからのファンメール、フェイスブックへの書き込みが多くなっている。ありがたいことだ。日本で見られないのが残念。

2010-03-20 10:16 | 告知 | コメント(2)

初宮詣り

久しぶりに時間が出来たので実家のちかくの神社へ娘の初宮詣りにいった。自分自身がやはりここに連れてきてもらった写真が残されている。そしてもちろん4年前の長男の時もそうだった。写真を見るとなによりも自分の重ねてきた年齢が一番目につく(苦笑)。これも自然の流れだと自分を納得させる努力をする~ 
その後両親を連れて写真館へ。いつもは外出をいやがる父親も娘と初対面し、その娘と写真を撮るとなると普段はあまり見せない一面の笑みを浮かべてつきあってくれた。我が家は小さい頃から7人家族で時に触れて折々の家族写真をとってきたのだが、それを自分の代でも続けている。年を重ねてゆく両親と家族の変遷が写真ごとにはっきりと残こされてゆく。いやいや、この年になってやっと孫の顔を見せることができたのだが、親の長生きは一番の子ども孝行だと思った。散々我がままに生きてきたが、やはり親の世代の価値観から行けば相当やきもきした事だろう。
価値観、常識、習慣、既成のそういったものに反発を感じて生きてきた自分だが、親が年を重ねると、どうしても彼らの立場に同情せざるを得なくなるのは自分自身が年をとった証拠だろうか。世間様の生き方に外れて生きる。これが如何に難しいか。どうもこの村社会においてはそれがなおさらのごとく思えてくる。それと自分自身にそのエネルギーが徐々に欠如してくるのもまた事実だともおもう。今は自分の子どもたちに彼らの望んだ好きな生き方をさせてやりたいし、既成の形にこだわらなくてもいいと言いたい。だが、これが果たしてずっと自分の中で保たれるのだろうか?ルイ・アルチュセールがかつていっていたが、自然に日常生活のなかで傍観しながら、そして楽しみながら浸透してくる価値観、道徳観というものが一番人の中で深く根ざして形成されてゆくものなのだろう。そういえば若かりし頃にきいていた「いちご白書をもう一度」という歌に「就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと君に言い訳したね」といった歌詞があったのを思い出す。なにはともあれ、小春日和の一時その無意識の安心感に浸った一瞬だった。

2010-03-16 10:11 | つれづれなるままに | コメント(6)

映画と演芸

今日は新宿末広に一時半にあがり、その足で池袋へ。6時まで空いた時間に近くの映画館へ駆け込みハートロッカーを見て、終演後ダッシュで池袋演芸場へ。6時20分の出番を無事終えた。いや~アカデミー賞受賞の映画とあってなかなかの人気だったが、正直いってそれほどの映画なのか疑問に思った。アカデミー賞授与の裏にアメリカがトラウマとして持っているイラクへの罪悪感とアメリカ兵士への懺悔の気持ちが賞を後押ししたような気がする。芸術としてのセンスはそれほど優れていたとは思わなかった。淡々と爆弾処理班の死と隣り合わせの日常をつづってゆくのだが、そこには最後にあっという間にまとまってしまう至って単純なエンディングがあり、(もちろんこの繰り返しを言いたいのは重々承知だが)それはあまりにも平面的な描写で終わる。確かにドキュメンタリータッチの重要な注意喚起の意義は認めるが、映画としては如何なものか?
演芸場についてだが、自分はまだ定席は上野鈴本と国立だけではあるが、それにしても正直な話、新宿と池袋の寄席にまだピンマイクがないという事に唖然とする。寄席の演目も多様化しているし、せめてピンマイクくらいあってもいいのにな~とつくづく思うのだが・・・・それに特に池袋には未だに音源はカセットテーププレーヤーしかない事にも驚いてしまう!! まあ、私ごときが偉そうなこという立場にはないのは重々承知だが・・・・何しろ毎回毎回池袋に入るたびにチケット買わされそうになるのだから(爆)どうも芸人には見えないらしい……(苦笑)

2010-03-13 10:28 | つれづれなるままに | コメント(3)