北海道再々上陸

19日玉川大学の授業を夕方終わらせて車にてそのまま茨城県の大洗港へ直行し、フェリー深夜便、さんふらわあだいせつに乗り込んで一路北海道へ向かった。19時間の船旅は意外と心地よく、海は穏やかで涼しい風に吹かれて極楽気分だった。それも前回の地獄の経験があったからだろう(苦笑)。北海道ツアー公演は帰国後三年連続になるが、昨年も今頃ちょうど公演を終え、苫小牧港から今回の逆の航路を台風に向かって進んでいたのだった。その荒れた海にもまれにもまれた一晩は苦しみ抜いて、吐くものがなくなった後もまだ嘔吐感にさいなまれ続けるというまさに生き地獄。あの逃げ場のない七転八倒の世界からは今回の航路は信じられないくらい穏やかでしかも天候も最高だった。20時に苫小牧港についたころには港の裏に大きく真っ赤な沈み終わる夕日に真っ黒な山々のシルエットがくっきりとその輪郭を示していてこれも情緒を誘うものだった。
とにかく船の中ではこんな最高の雰囲気を楽しみながらもほとんど寝てしまったのが実情だ。普段の舞台と大学のジャグリングで疲労蓄積していたのだろう。それでも好きな本は一冊読めたので本当に充実の19時間だった。

港を降りて車を走らせると、おととしからおなじみのミートホープ社跡を通りかかった。確か一昨年の夏にここを訪れたときはマスコミの注目のまっ最中だったので大勢のテレビカメラや記者たちがこの工場を取り囲んでいた。そのシンポルの大きな黒い牛のオブジェのしたで記念写真をとってこのブログ乗せたのを思い出す。それが去年の今頃再び写真をとった翌日に取り外されたというニュースが入ったが、今回は工場の姿もなかった。実に奢れる者も久しからず・・・だ。方丈記もいう、世にある人と住処とまたかくの如し・・・諸行無常だ。
さてとこれから北海道旅公演の始まり始まりです。(写真は甲板より見る津軽半島あたりに沈見始める夕日)

2009-05-20 11:42 | つれづれなるままに | コメント(2)

ママコヨネヤマ

先日下北沢にヨネヤマママコさんのマイムの会を観にいった。降りしきる雨の中早々と小劇場の入口には列ができていた。百人足らずの客席がある地下の会場はまっ正面に柱がどんと控える、まるで在りし日の渋谷ジャンジャンのようであった。開演遅れること約20分、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた客席はかなり年齢層が高い事が感じられた。当然だろうな。若い人はママコさんの名前すら知らない人が多いと思う。
しばらく二人のミュージシャンによるジプシー音楽なるものを聞かされたのち、ママコさんによる作詞作曲のソングマイムが始まる。山に住むおじさんを楽しみに訪問する少女。そのおじさんの庭に戯れ、おじさんの盆栽を身体で表現し、のどかな田舎の山の景色が描写される。やがて彼女が成長し、新自由主義経済に翻弄されて堕落し、無機質になってゆく社会とオジサンと過ごしたよき古き時代を比較しながらその悲愴な思いを叫ぶ。  基本的にママコさんのスタンスは三十数年前と変わっていなかった。 最初の山登りのシーンは彼女の著作「砂漠にコスモスは咲かない」の冒頭の少女の希望にあふれて駅を目指して走る姿に重なった。そういえば、昔彼女の「空を飛ぶ男」という作品が好きだった。やはり歌いながらのソングマイムで、今は父親になった中年の男がその昔、子どものころよく戯れた幻想の世界に登場する「そらを飛ぶ男」を回顧し表現する。いや空を飛ぶ男は彼自身だったのかもしれない。そして、やがて成長するとともにその男の存在は消える。過去に対するノスタルジー賛歌ともいえるこの作品は、実に美しいメロディーと歌詞でつづられており、聞くたびにファンタジーの世界に引き込まれていたのがマイムを始めたばかりの自分だった。(たしか作曲はいずみたくさんだったと記憶している)
その後の「ウェイター」という作品も過去に見たもので、実に無駄を省いた絶品だ。ウェイターをホールと厨房を境にその性格の二重性をデフォルメしながら、人間の本質に迫る。確かこの作品は彼女の滞米中の創作の一つだったと記憶している。(それが証拠にウェイターのチップを表面では(片方の手で)遠慮しながら心底で(もう片方の手で)要求するという仕草は日本人には今でも少々異質な感があったような気がする) しかし、彼女の若いころの創作意欲に満ち溢れた作品と、現在の社会を憂う長老としての作品がよくも悪くも非常に対象的で面白かった。
結局ママコさんによるマイムはこの二本のみ。あとはジプシー音楽の連続で、少々狭い席に固定された足腰に痛みを覚えた。結局舞台は1時間のみ、そしてこの条件で入場料の5000円はちょっと高めかも!(苦笑) と思いつつも自分自身が歩んできた道を振り返り、ノスタルジーにその身をゆだねた一時間だったような気がする。しかし、相変わらず70ん~歳の御歳であれだけのきれいな洗練された動きを見られたのは嬉しかった。ヨネヤマママコ、私の一番最初の師匠でもある。
さてさて今日はこれから日本橋亭でのゲスト出演。初めて日本橋亭でのマイムじゃ~!!

2009-05-10 08:07 | ひとりごと | コメント

メモリアルサービス

昨日は雨の中、母校の高校のチャペルで恩師のメモリアルサービスに参列した。この二か月でメモリアルサービスで親しい方を送るのは二回目。しかも今回も先生はなんとまだ58歳。自分が高校生の時赴任していらしたばかりのいちばん若かった先生だ。とにかく笑顔の印象が最高の先生だった。二年半前、母校で舞台を依頼され、約30年ぶりに訪れたキャンパスで最初に出迎えて下さったのもこの先生であった。顔をみるなり、いきなり笑いながら一言!「いや~、お前の数学の答案用紙、採点するのが本当に苦痛だったぞ!しかしお前、本当に字が汚かったな~」 ・・・嬉しかった・・・何千人と送ったはずの多数の生徒達の中でこんなことまで覚えてくださっていた! サービスの間もいろいろな事が思い出されかなりつらかった。お会いできる方々にはなるべくお会いしたい。いつもそう思っていても人生ままならない瞬間の連続で、そんなことをやっているうちにどんどんどんどんと時間は過ぎてゆく。今をとらえてかみしめてゆかねばならないと思った。帰りに英語部の顧問であった恩師の先生がたとお蕎麦をごちそうになって帰宅。ホットした瞬間、なんだか本当に体に疲れが感じられた。
夜、傍らで風呂上がりの三歳半の息子が最近覚えた「奥の細道」の冒頭部分を意味も知らずに、舌たらずのあやうい発音ですらすらと暗証している・・・「ちゅきしは、はくたいのきゃきゃくにしゅて、いきこうとしゅも、またたびびとになーり~~」(月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり・・・) かの芭蕉翁がおっしゃるとおり、実に人生毎日の日々が本当に旅だよな~・・・若かったころは概念でしかわからなかったが、最近つくづく実感するようになった。「予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて、漂白の思ひやまず・・・」

2009-05-09 07:22 | つれづれなるままに | コメント